京都大学は6月22日、米エイムス研究所、米アイオワ州立大学、米イリノイ大学、英ブリストル大学、青山学院大学との共同研究により、超伝導状態が絶対零度で示す新しい臨界現象を発見したと発表した。

成果は、京大 理学研究科 博士後期課程の橋本顕一郎氏(現東北大学 助教)、同芝内孝禎准教授、同松田祐司教授、京大 低温物質科学研究センターの研究者らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米科学誌「Science」2012年6月22日号に掲載された。

物質の温度を変化させると、1つの状態(相)から別の状態(相)に変化する。例えば磁石を暖めると、ある温度において急に磁力が消失してしまう。このような現象は相転移と呼ばれ、物理学の中心的課題の1つだ。

相転移の近傍では、均一な状態からのズレ(ゆらぎ)が大きくなるが、通常これは熱によって引き起こされたゆらぎと考えることができる。しかし、相転移はこの熱ゆらぎの存在しない絶対零度(摂氏マイナス273.15度)でも、圧力、化学組成など、温度以外のパラメータを変化させることによって起こすことが可能だ。

この時、その起源は熱ゆらぎではなく、ハイゼンベルグの不確定性原理に由来する「量子ゆらぎ」であり、通常の相転移と区別して「量子相転移」と呼ばれる。また量子相転移を起こす、パラメータ空間内の特異点を「量子臨界点」と呼ぶ。

2008年に日本で発見された鉄イオンを含む新型高温超伝導体は、相転移の1種である反強磁性の相転移温度が絶対零度付近に制御された物質群で、高い転移温度を持ったドーム型の超伝導が出現することがわかっている(画像1・2)。

しかし、ドーム型の超伝導相ができることで、絶対零度の相転移点(量子臨界点)が消失してしまうのか(画像1)、超伝導内部で相転移点が存続しているのか(画像2)が大きな論争になっていた。

鉄系高温超伝導体の温度-組成相図の概念図。画像1(左)では反強磁性相転移が超伝導の出現と共に途切れているのに対し、画像2では絶対零度まで延びて量子臨界点(赤丸)を形成している。今回の実験結果で、右図の方が正しいことが明らかとなった(Science論文Fig.1から抜粋)

超伝導物質では、転移温度Tc以下の温度に冷却すると、電気抵抗がゼロになり電力消費なしに電流を流すことができ、それと同時に磁場を完全に遮蔽することができる性質の「マイスナー効果」を示す。

この磁場を遮蔽する能力は、「磁場侵入長」λと呼ばれる物理量で決定づけられる(画像3・4)。磁場侵入長の長さ(通常数十~数百nm程度)は超伝導電子の密度と重さ(有効質量)と密接な関係があり、超伝導状態を記述する上で最も基本的かつ重要な量となっている。

磁場侵入長の概念図。超伝導体(太線)に弱い磁場を印加すると表面から磁場が急速に減衰し十分内部では完全に磁場密度が消失した状態(マイスナー状態)となる(画像3(左))。この磁場の侵入の度合いを表す長さが磁場侵入長λと呼ばれる物理量である(画像4)

今回、研究グループは極低温においてこの磁場侵入長を高精度に測定する手法を開発し、鉄系超伝導体BaFe2(As1-xPx)2の純良単結晶試料を用いて、絶対零度における磁場侵入長について、P組成比xに対する変化を定量評価することに成功した。

その結果、Tcが最大となるx=0.30で磁場侵入長が急峻に長くなることが見出された(画像5)。このことは、超伝導電子がこの近辺でのみ急激に重くなることを意味している。

このような結果はほかの超伝導体では見つかったことがない驚くべき結果であり、今回非常に純良な試料を多数の組成比で調べたこと、さらに通常正確な測定の困難な物理量を3種類の異なる実験手法を用いることで系統的に調べたことにより、初めて明らかになったものだ。

画像5は、鉄系高温超伝導体BaFe2(As1-xPx)2における絶対零度での磁場侵入長λの組成比依存性。縦軸はλ2をプロットしており、超伝導電子の重さに比例する。異なるシンボルは測定手法が異なることを示しており、3種類の異なる測定の結果から再現性を確認した。波線はガイドライン(Science論文Fig.2Cから抜粋)。

画像5。鉄系高温超伝導体BaFe2(As1-xPx)2における絶対零度での磁場侵入長λの組成比依存性

このような絶対零度における磁場侵入長の急激な増大は、量子効果によるゆらぎの増大が超伝導電子に影響を及ぼしていることを初めて直接示したものである。画像2のように、量子臨界点が超伝導相内に存在していることを意味するものだ。

この結果により、今まで論争になっていた2つの超伝導状態が存在することも同時に示されたことになる。さらに、量子臨界点でTcが最大になっていることから、量子効果によるゆらぎの増大と超伝導転移温度を高める要因が強く関連していることが示唆されるという。

今回の研究成果により、超伝導電子に及ぼす量子ゆらぎの効果の重要性が初めて明らかとなり、今後の研究により高温超伝導発現メカニズムの解明につながることが期待されると、研究グループはコメントしている。