顔の50%がお母さん、50%が他人の女性という合成映像に対して、赤ちゃんは生後9カ月ごろから嫌悪するような「不気味の谷」現象が現れることが、東京大学大学院総合文化研究科の岡ノ谷一夫教授や理化学研究所の松田佳尚研究員、京都大学大学院教育学研究科の明和政子准教授らが発見した。赤ちゃんの認知能力は、「好き」といったポジティブ感情だけでなく「不気味」や「嫌悪」といったネガティブ感情によっても支えられていることが分かったという。13日付けの英国王立協会科学誌「Biology Letters」(オンライン版)に発表した。

「不気味の谷」現象は、ロボット工学者の森政弘・東京工業大学名誉教授(85歳)が、1970年に提唱した仮説だ。ロボットの概観や動作が人間らしくなるにつれて、人間は好感や共感を覚えるが、ある時点で突然の強い嫌悪感に変わる。さらにそれ以上にロボットが人間らしくなると、人間は再び好感を持ち親近感を覚えるようになる。ロボットの人間への類似度を横軸に、人間の感情的反応を縦軸に取ってグラフを描くと、突然に嫌悪感が起きた部分だけが、ちょうど谷間のように凹んで表わされることから「不気味の谷」と名付けた。

人間の「情動情報」について研究している岡ノ谷教授らのチームは、赤ちゃんが母親と他人とを区別した上で両者を好んで見ることから、赤ちゃんの母親に対する「親近感」と他人に対する「目新しさ」という違ったカテゴリーの間にも、人間とロボットの「不気味の谷」と同様な現象があるのではと考えた。

研究チームは、生後7-12カ月の赤ちゃん51人に、(1)母親 (2)他人(女性) (3)母親と他人(女性)の顔を50%ずつ合成した「半分母親」、3種類の“にっこり微笑む”映像を見せ、それぞれの注視時間を計測した。赤ちゃんを生後7-8カ月、9-10カ月、11-12カ月の3 群に分けて比べたところ、7-8カ月児では3つの映像を同じ程度見ていたが、9-10カ月児と11-12カ月児では「半分母親」の映像を「母親」と「他人」の5割ほどしか見なくなり、「不気味の谷」現象が現れることが分かった。

赤ちゃんには「他人だけ」「他人と他人の合成」の顔映像も見せたが、両方とも嫌わずに同じように長い時間見ていたことから、赤ちゃんは「合成した顔」が嫌いなのではなく、「半分母親」の顔を嫌うことが分かった。同じように、言葉で表現できる成人10人に対して、自分の母親と他人とを合成した「半分母親」映像を見せたところ、8人が「気持ち悪さ」を感じた。さらに「有名人」と「他人」を合成した「半分有名人」映像を見せたところ、気持ち悪さは感じなかった。自分にとって極めて身近な人や重要な人が合成された場合にだけ「気持ち悪さ」を感じるようだという。

研究の結果は、親子間のコミュニケーションにおける、赤ちゃんから見ての「心の距離」を理解する一助や手法の開発につながるかも知れない。例えば、父親の顔を他人と合成した場合に、赤ちゃんが嫌がらずによく見るようだと、赤ちゃん自体が父親をあまり身近に思っていないことになるから要注意だ。

今回の研究成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「岡ノ谷情動情報プロジェクト」(平成20-25年度)によって得られた。

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