国立循環器病研究センター(国循)と理化学研究所(理研)は5月31日、東京大学、滋賀医科大学との共同研究により、複雑な心臓の拍動現象を簡易に表現できるシミュレーションシステムを開発したと発表した。
成果は、国循の中沢一雄研究情報基盤管理室長、理研 究所基幹研究所 生物情報基盤構築チームの井尻敬基礎科学特別研究員、横田秀夫チームヘッドらの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月31日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。
研究グループのメンバーは、"科研費新学術領域研究「多階層生体機能学」"のプロジェクトに参画している。このプロジェクトは、秩序だった生体(生命)機能をシステムと考え、遺伝子・タンパク質という生体分子の要素から細胞・組織・臓器・個体というように高度に階層化させたシステムとしてとらえることで、新しい数理モデルによって生体機能の原理を導き出そうとするものだ。
実験データに基づくコンピュータシミュレーションが有力な手法となるが、多階層にわたる膨大なデータを取り扱うため、目的に応じて不要な機能を間引いて本質的な機能を残す「リダクション(reduction)」の技術が重要になる。
既存の力学モデルに基づくシミュレーション法は、大規模計算機やオフラインの計算時間を必要とするものがほとんどであり、実時間性が要求されるアプリケーションへの応用が困難なため、新しい計算手法を開発する必要性があった。
心臓の拍動は、心臓を構成している1つひとつの心筋細胞の収縮が積み重なって表現される。今回のシミュレーションでは、まず3次元四面体メッシュで表現された心臓モデルを約7000の局所領域に分離(画像1)。この局所領域は心筋の構造(簡単にいうと心筋細胞)を表すもので、隣接する局所領域は互いに重なりをもたせられている(画像2のBとD)。また、すでに心筋細胞の収縮に必要なデータが計算されている仕組みだ。
拍動計算時には、各局所領域を心筋線維走向と現在の収縮割合を考慮して収縮変形させる(画像2のE)。次に、収縮したすべての局所領域の形状をなるべく最適化するように、心臓モデル全体を変形させる(画像2のB~F)。心臓モデル全体の変形を計算する際、「Shape matching」法と呼ばれるCG分野で発表され注目を集めている幾何制約に基づく柔軟物体の計算法が応用された。
画像3は、MRIから構築した心臓モデルの変形を計算した例だ。心臓モデル、心筋線維走向モデル(画像3のA)、収縮タイミング(画像3のB)を入力すると、拍動アニメーションが実時間で計算される。
この心臓モデルは7116個の頂点から構成され、Intel Core i7(3.33GHz)搭載の計算機を用いた実験では、1シミュレーションフレームにかかる計算時間は約24ミリ秒だった。これは実時間アプリケーションへの応用にも十分に対応できる速度といえる。
従来のシミュレーションシステムでは、心筋線維が収縮する際に生じる心筋内部の力(応力)を計算した後、心筋の歪みを加えて応力を再計算し、心臓全体の動きをシミュレーションしていたため、スーパーコンピュータなど大規模な計算機による大がかりな計算が不可欠だった。要は、一般ユーザーによる利用はほぼ不可能だったのである。ただし、今回のシミュレーションはノートPCの性能で、リアルタイムに心臓拍動を計算して可視化することが可能だ。
今回の手法の特長はCG技術も応用し、局所領域を変形させ、その形状を満たすよう全体形状を計算している。それにより、従来手法に比べて非常に高速かつ安定に心臓の拍動計算を行うことに成功したというわけだ。ただし、力学モデルに基づかないため、力学的精度が重要な課題には不向きといった欠点がある。
また、システムとしてのロバスト性は高く(外乱の影響を受けず安定して実行可能)、エラーを起こすことが極めて少ないという特長もある。
プロジェクト全体の本来の目的は、新しい数理モデルによって、多階層にわたるシステムとしての生体機能の原理を導き出そうとするものだ。研究グループでは、致死性不整脈の危険予測や慢性心房細動に対するアブレーション治療のシミュレーション研究などを行っているが、さまざまな技術開発を伴うことから、個々の要素技術だけを取り出しても十分な応用分野が導き出せると考えられている。
さらに、仮想的な病気の心臓も比較的簡便に作り出せるため、患者への説明用のアプリケーションだけでなく、医師患者間コミュニケーション支援、教育支援などへの応用も可能だ。
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