基礎生物学研究所(NIBB)は、メダカを用いた研究により、「抗ミュラー管ホルモン(AMH)」系が卵や精子の数を適切に保つ機構を明らかにしたと発表した。

成果は、NIBB 生殖遺伝学研究室の田中実准教授、同中村修平研究員、仏INSERM/パリ大学のナタリー・クレメンテ博士、慶応義塾大学医学部の谷口善仁博士、国立遺伝学研究所の豊田敦博士らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月24日付けで生物学専門誌「Development」電子速報版に掲載された。

人間の胎児ができていく最初の段階では、男女のどちらにでもなれるように作られていく。そして、ある程度身体ができてきたところで性を決める遺伝子が働き、男性あるいは女性の身体が作られることが知られている。

この時、男性の胎児からは、AMH系が分泌されて卵管や膣を作り出す組織が退縮するのに対し、女性胎児はこの因子が分泌されずそのまま卵管や膣が発達する仕組みだ。ヒトの場合、AMH系に障害があると女性生殖器官が残存した男児が生まれることが知られている。

このAMH系遺伝子は「TGFベータ」という遺伝子群に属し、その中でも進化的に特に古いタイプだ。多くの動物にも共通して存在する基本的な遺伝子でありながら、ヒトのような女性生殖器官を持つ動物はごく一部であり、ほかに機能があるのか、ほかの動物ではどのような機能を担っているのかが謎だった。また、生殖腺の大きさがどのように制御されているかも謎だったのである。

研究グループは2007年に、「hotei」(画像1)と呼ばれる突然変異体メダカを単離し、その原因がAMH系で働く受容体「amhrII」にあることを見出していた。今回、このメダカを用いて、この遺伝子の機能のさらなる詳細が調べられた形だ。

画像1。AMH系の機能の失ったメダカでは生殖腺が巨大化し、お腹が膨らんでしまい、雌への性転換体が出現する

研究グループは、AMH系で働く受容体に異常を持つhotei変異体を調べ、まずこのメダカではAMH系が働いていないことを証明した。このメダカでは将来の卵や精子となる生殖細胞が異常に増殖するために、布袋(hotei)のような大きなお腹を呈する。そこで、どのように生殖細胞が異常に増えてしまうのかを調べてみた。

すると、分裂もせずにじっとしている生殖幹細胞にはなんら影響を及ぼしていないのに対して、分裂を開始した生殖細胞の分裂が制御できなくなっていることが判明したのである。

これにより、AMH系はごく一部の幹細胞様の生殖細胞を制御することで卵や精子の全体の数を制御している重要な因子であることが明らかとなった。しかもAMH系は、直接は生殖細胞には指令を送らず、周りの体細胞が出す未だに正体不明の増殖指令を介して、生殖細胞の数を制御していることが明らかとなったのである。

このAMH系が機能しなくなるとhotei変異体の生殖腺は生殖細胞が増え続けて生殖腺が巨大化するが、ガンのように生殖腺が破壊されることはない。機能を保ったまま巨大化する。また、雌へ性転換することも以前の研究で確認済みだ。

これらのことにもAMH系が直接関与しているのかどうかを確かめるため、hotei変異体の生殖細胞をなくしてみた。すると、hotei変異体からまったく性転換体が出現しなくなり、生殖腺が異常に大きくなることもなかった。すなわち、性や生殖腺の大きさは、生殖細胞の増殖制御を通じて間接的に制御されているという仕組みが初めて明らかとなったのである。

ヒトなどのほ乳類の研究により、AMH系は生殖器官の形成に重要であることが知られていたが、今回のメダカを用いた研究によって、AMH系はごく一部の生殖細胞の増殖を制御して卵や精子の数を適切にし、さらにこの生殖細胞の増殖制御を通じて生殖腺の大きさや性もコントロールしているという仕組みも明らかとなった(画像2)。

画像2。メダカにおいて、AMH系は体細胞からの一部の生殖細胞への増殖指令をコントロールする。この増殖指令が破綻すると卵や精子が増殖を続け、生殖腺(卵巣や精巣)は巨大化し、性転換まで引き起こす