国立天文台は、愛媛大学宇宙進化研究センターの谷口義明センター長を中心とした研究チームが、すばる望遠鏡を用いた観測により、「ウルトラ赤外線銀河(超高光度赤外線銀河)」の代表格である「アープ220」(H.C.Earpが出版した特異銀河カタログの220番目の銀河で、へび座の方向2億4000万光年の距離にある)が、4個以上の銀河の多重合体である動かぬ証拠を発見したと発表した。

研究の詳細な内容は、米天体物理学専門誌「Astro Physical Journal」に受理され、2012年7月10日号に掲載を予定している。

ウルトラ赤外線銀河はその赤外線光度が太陽1兆個分あり、1980年代に行われた赤外線全天サーベイ観測で発見された不思議な銀河だ。そしてウルトラ赤外線銀河は、激しい星生成活動の後、巨大ブラックホールをエネルギー源として非常に明るい放射をするクエーサーと呼ばれる天体に進化すると考えられている。

前述した特徴を含めて、今のところは次のような性質が判明済みだ。

  1. 銀河同士が合体してできた銀河であること
  2. 激しい星生成(スターバースト)が起こっていること
  3. 大量に生まれた大質量星は超新星爆発を起こし、銀河風(スーパーウインド)が吹き荒れていること
  4. 超巨大ブラックホールが育ち、非常に明るい活動銀河中心核を持つようになる(クエーサーと呼ばれるものに進化する)

と考えられている点だ。

これらのウルトラ赤外線銀河の起源として考えられているのは銀河の合体だが、以前から論争が続けられていた。それは「何個の銀河が合体してできたのか?」というものだ。それに対する考えは2種類あり、米国のサンダース博士らが提案した「2個の銀河による合体」案と、谷口センター長らが提案した「3個以上の銀河による合体」案である。

一般的な銀河の形成論では、現在受け入れられているのは何度も合体を繰り返して、天の川銀河やアンドロメダ銀河のように巨大な銀河に育ってきたと考えられている。

ウルトラ赤外線銀河は近傍の(すなわち、現在の)宇宙で観測される最も明るい合体銀河だ。しかも、前述したようにクエーサーに進化すると考えられており、銀河と巨大ブラックホールの進化という観点からも、非常に重要な位置づけにある。従って、その正体を明らかにすることはとても大切な問題というわけだ。

しかし、ウルトラ赤外線銀河の正体を見極めることは、容易ではない。銀河の合体が絡んでいることは確かなのだが、合体がかなり進行しており、どのような銀河が合体に参加したか特定しにくいからだ。

そこで研究チームは次の戦略をとることにした。(1)私たちに最も近いウルトラ赤外線銀河であるアープ220(画像1)を調べる、(2)合体の痕跡を詳しく調べるために、すばる望遠鏡の主焦点カメラを使う、の2点である。

画像1は、アープ220の可視光写真(Rバンド)。左はハッブル宇宙望遠鏡の「ACSカメラ」で撮影された画像で、右は研究チームがすばる望遠鏡の「主焦点カメラSuprime-Cam」で撮影した画像だ。すばる望遠鏡で撮影した画像を見ると、アープ220の周辺に淡い構造が拡がっていることがわかる。この構造は合体の際の潮汐効果で生じたものだ。

画像1。左はアープ220の可視光写真(Rバンド)で、右は ACS カメラによるもの。(c)愛媛大学/国立天文台

この戦略をもとに、研究チームはさらに工夫を凝らした。銀河の合体では、星は一定のペースで生成されるわけではない。合体を通じて、ガス雲が激しく圧縮される時に星が大量に生まれるが、その現象を「スターバースト」という。

スターバーストは主として銀河中心領域で発生する。短期間(1000万年以内)に数100光年ぐらいの領域で、大質量星(太陽質量の10倍以上の質量を持つ星)が1万個以上生まれる現象のことだ。ウルトラ赤外線銀河の場合は生まれる大質量星の総数は1億個にもなる。

そこで研究チームは、アープ220の中で、星がどのタイミングで大量に生まれ、死んでいったのかを調べることにした。つまり、アープ220では合体に伴い、どのような特徴的な星生成の歴史を経験してきたのかを調べたのである。これがわかれば、何個の銀河がどのように合体してきたかを決めることができるというわけだ。

この目的のため、研究チームは水素原子の放射・吸収で生じる「Hα線」に着目することにした。その理由は、次にまとめるように、Hα線がさまざまな星生成の歴史を物語ってくれるからだ。

(1)星生成が活発な領域では大質量星の紫外線によってガスが電離し、水素原子の再結合線としてHαは輝線として観測される。つまり、スターバーストやスーパーウインドの証拠になることが1つ。

(2)もう1つは、星生成が終了し、太陽の数倍程度の質量を持つ中質量星が卓越するとそれらの星の大気による吸収でHα線は吸収線として観測されるというもの。スターバーストが終了した「ポスト・スターバースト」という状態である証拠にもなるというわけだ。

そこで、研究チームはアープ220のHα線のみを検出できる特殊なフィルタを用いて、撮像観測を実施。すると、画像2に示すような不思議な構造が浮かび上がってきた。

画像2は、アープ220のHα線による画像(左)。明るい色の場所はHαが輝線で観測される領域で、黒く見えている場所は吸収線として観測される領域だ右はRバンドの画像。

画像2。アープ220のHα線による画像(左)と、Rバンドの画像。(c)愛媛大学/国立天文台

画像2のHαの輝線領域は従来の観測で検出されていたもので、「8」の字を横倒しにした構造はスーパーウインドが吹いている領域だ。まだスーパーウインドが壊れておらず、2つの泡構造のように見えている部分は、「スーパーバブル構造」と呼ばれる。

今回の観測で新たに発見された構造は、Hαが吸収線として観測される領域だ。場所は2カ所ある。(1)左側のスーパーバブルの中、(2)合体の際の潮汐効果で生じた南北方向に延びる2本のテール(尾のような構造)。これらの領域はHα線が吸収線として観測されるので、ポスト・スターバースト領域だ。なお、20kpc(約65000光年)の長さもあるテール領域が、スト・スターバースト領域であることも判明した。

そもそも、スターバーストは銀河円盤で定常的に行われる星生成とは様子が異なり、まさにバースト的に(爆発的な勢いで)星が生まれる点が特徴だ。そのため、スターバーストの発生には銀河の合体が深く関連していると考えられている。

2つの銀河が合体すると(1つの円盤銀河とその衛星銀河でもよい)、最終的には合体銀河の中心部に巨大ブラックホールのペアができ、それらが公転運動する時に強い衝撃波が発生。これが周辺のガスを圧縮し、激しいスターバーストを引き起こすこのである。なお、1つのスターバーストを発生させるには2つの銀河が必要だ。これは、とりもなおさず、1つのポスト・スターバースト領域を作るには2つの銀河が必要であることをも意味する。

次は、潮汐効果による2本のテールの形成だ。これを理解するには、よい例がある。それが画像3の「アンテナ銀河」におけるテール形成の様子だ。アンテナ銀河は、2つの円盤銀河が衝突・相互作用している銀河である。

画像3。2つの円盤銀河が相互作用しているアンテナ銀河。きれいな2本のテールが見えている。(c)Digitized Sky Survey

テールは、1個の銀河からそれぞれ出ている。つまり、アープ220の2本のポスト・スターバースト・テールを作るには2つのポスト・スターバースト領域が必要ということだ。結局、4個の銀河の合体がなければ、今回研究チームが発見した2本のポスト・スターバースト・テールの成因を説明することができない。アープ220の力学的進化をまとめたものが画像4だ。

画像4。アープ220の2本のポスト・スターバースト・テールを生成する多重合体メカニズムのクレジット:愛媛大学/国立天文台

以上のことから、アープ220の起源は(少なくとも)4個の銀河が参加した「多重合体」でよく説明できることがわかった。

谷口センター長は今後、ほかのウルトラ赤外線銀河を系統的に調べ、多重合体の普遍性を検証していくことが大切な研究になると語っている。

また、今回の研究成果は宇宙における多様な銀河進化の新たな一面を明らかにしたものであり、ウルトラ赤外線銀河の成因に新たな知見を与えるものと期待されるとした。