東京大学(東大)などの研究グループは、地球の気候が氷期から現在の間氷期に移行した際に起きた、大規模かつ急激な氷床崩壊の規模とタイミングの正確な決定を行ったと発表した。日米欧が中心となって行っている統合国際深海掘削計画(IODP)の第310航海にて得られたタヒチ沖のサンゴ礁掘削試料の化学分析に基づくもので、東大大気海洋研究所の横山祐典准教授、奥野淳一研究員、仏国CEREGE研究所と英国オックスフォード大学らにより、成果が「Nature」に掲載された。

地球の気候変動、特に氷期-間氷期の10万年周期変動は、地球の公転軌道要素変化による、日射量の緯度分布の変化によってもたらされていると考えられている。しかし氷床コアの分析から、もっと短い時間スケールで、例えば10年ほどの間に10℃以上の気温上昇が過去に繰り返し起こってきたことも近年、分かってきた。地球の気候は、熱容量の大きな海洋が、低緯度の過剰な熱を高緯度に運ぶことで温暖に保たれているが、この海洋循環の強弱に影響するのが、氷床からもたらされる淡水である。海洋循環は、高緯度海域の低温・高塩分の海水とこの氷床がとけてできる淡水との温度・塩分の差に起因しており、この大気海洋と氷床との相互作用を理解することが、気候システムのさらなる理解につながるため、過去に起こった急激な変化を正確に明らかにすることが重要になっていた。

氷期には、カナダのすべてと北欧に大規模氷床が存在し、南極氷床も現在より大きかったことが分かっている。また、世界的に海水準がおよそ120-130m低下していたことも判明している。このため海水準は、氷期の終焉期である19,000年前から現在にかけて上昇したわけだが、一定の速度で上昇したわけではなく、いくつかの急激な急上昇期があることが提唱されてきた。しかし、氷期から間氷期へ移行する際の最大の温暖化である「ベーリングイベント」と、最大の氷床崩壊である「メルトウォーターパルス1a(Mwp1a)」は同調しておらず、600年のズレがあることから、Mwp1aとベーリングイベントは古気候学の謎の1つで、気候モデルに制約を与える際の大きな問題となっていた。

もう1つの大きな問題点は、南極氷床の安定性に関するもので、南極はアクセスが困難であり、また、間氷期である現在でも大陸のほとんどが氷に覆われているため、過去の記録を正確に復元することが難しい氷床である。特に19,000年前に始まった融氷期の中で最大の氷床崩壊であるMwp1aにおいて南極氷床が融解したのかどうかについては、まったく貢献しなかったという説と大きく融解したという説の2つの説が存在しており、現在も国際的な議論が続いている状況となっている。

図1 氷期(19,000前まで)から現在の間氷期(約10,000年前)に移行する間に起こった2度の海水準上昇と北半球気温(グリーンランドアイスコアデータ)、南半球表層気温(南極氷床コアデータ)、大気二酸化炭素濃度、そして北半球高緯度の夏の日射量の変化の関係。今回明らかになった海水準上昇はベーリング温暖期と呼ばれる14,600年前に起きた急激な温暖期と同期している

過去の海水準の規模とタイミングを正確にとらえるためには、氷床から遠い場所(熱帯域など)のデータが、実は最も信頼度が高いという。海水準の上昇・下降に伴い、海水を入れる"器"である海洋が変形し、その変形の度合いが少ないのが氷床から遠い場所であるためであることがその理由であり、サンゴ礁をつくるサンゴは、藻類を共生させているため海面近くに生息し、海水準の指標になる。

図2 過去の海水準の規模とタイミングを正確にとらえるためには、氷床から遠い場所(熱帯域など)のデータの信頼度が高い。海水準の上昇・下降に伴い、海水を入れる"器"である海洋が変形し、その変形の度合いが少ないのが氷床から遠い場所であり、より氷床量の変化をとらえることができる

また、サンゴが形成する炭酸カルシウムの骨格には、ウラン系列核種がとりこまれており、その存在比から、サンゴが生息した時期を詳しく明らかにすることができるほか、サンゴ礁に生息する石灰藻類の種類を調べることで、生息水深も詳細に明らかにすることもできたという。

これらの結果から、これまで報告されていた「500年間に25m」というMwp1aに伴う海水準上昇が、過大評価であったことが明らかとなった。今回の研究から判明した規模は「14-18m」で、上昇速度は40mm/年におよんだことが判明した。

また、Mwp1aのタイミングについても、これまでの報告よりも約500年はやい、14,600年前に上昇が開始したことが明らかとなり、グリーンランド氷床の温度記録に見られる急上昇期と同調することが示されたほか、この海水準上昇に南極氷床も寄与したことを明らかとなった。 これらの成果について研究グループでは、地球の気候システムを理解する上で、氷床と海洋の相互作用が急激な気候変動をもたらすということを、高精度のデータとモデル計算により明らかにした点に大きな意味があるとしている。気候モデルの制約条件として重要となるのが今回のような古気候データだが、今回の研究は、気候の変化のタイミングと規模、それに変化を起こした起源(海水準上昇の場合は、どの氷床が溶けたか)にまで言及した重要な成果であり、現在準備中で2013年出版予定の「第5次IPCC気候変動評価報告書」に対しても、重要な貢献になると説明している。

なお、研究グループでは、今回の研究では、海水準上昇の規模と時期を正確に明らかにし、融解にかかわった氷床が明らかにされたことで、気候学的な2つのシナリオが提唱されることとなったとしている。1つは南極(おそらく西南極)の氷床が融解し、海洋循環の強化が起き、北半球高緯度により多くの熱を輸送するようになったために、グリーンランドの表層の温暖化や北米や北欧の氷床融解が誘発され、結果的に大規模な14-18mにおよぶ海水準上昇が起こったというもの。もう1つは何らかの要因で海洋循環が強化され、北半球高緯度が温暖化し、北米・北欧の氷床が融解したため、海底に着底して不安定な西南極氷床の崩壊を引き起こしたというものである。

そのため、これら2つのシナリオについて、気候のモデリング研究を通じて、詳細に明らかにしていくことが今後のぞまれるとするほか、現在でも西南極には、海底に着底し世界的に海水準を5mほど上昇させるだけの氷床が存在しており、今後の温暖化に伴う不安定化が懸念されていることから、氷床の近辺での地球科学的試料に基づく、変化のタイミングと規模の決定についての研究を進めていく必要があるとしている。