日本原子力研究開発機構(原子力機構)は3月27日、国際熱核融合実験炉「ITER(イーター)」用に、従来の2倍の平均出力を持ち、ITERの要求性能も突破した世界最高性能のプラズマ計測用レーザー装置の開発に成功したと発表した。研究の詳細な内容は、5月に米国で開催される第19回高温プラズマ計測に関する国際会議で発表する予定だ。
今回の開発は、原子力機構核融合研究開発部門ITER計測開発グループの波多江仰紀研究主幹らの研究グループによるもの。研究の一部は、大阪大学レーザーエネルギー学研究センターとの共同研究で行われた。また、レーザー増幅器の開発はNECエンジニアリングの協力の下で実施されている。
ITERは、制御された核融合プラズマの維持と長時間燃焼によって核融合の科学的及び技術的実現性を実証することを目指したトカマク型(超高温プラズマの磁場閉じ込め方式の1つ)の核融合実験炉だ。
1988年に日本・アメリカ・欧州・ロシアが共同設計を開始し、2005年にフランスのカダラッシュに建設することが決定した。2007年に国際機関「ITER国際核融合エネルギー機構(ITER機構)」が発足し、日本、欧州連合、ロシア、アメリカ、中国、韓国、インドの7極が参加している。
現在、ITERが格納される建屋の基礎工事を行っているところで、各極が調達する、ITERを構成するさまざまな機器の調達取り決めが、順次締結されている段階だ。プラズマ実験の開始は、2020年を目指している。ITERでは、重水素と三重水素を燃料とする本格的な核融合による燃焼が行われ、核融合出力500MW、エネルギー増倍率10を目標としている。
そして日本の対応機関が原子力機構であり、同機構はITER計画において、1億度以上に加熱する必要があるプラズマの周辺部の電子温度と電子密度を測定する「周辺トムソン散乱計測装置」の開発を担当。同装置の設計と主要機器の開発を現在進めている最中である。
トムソン散乱計測では、強力なパルス状のレーザー光をプラズマに入射し、プラズマ中の電子から散乱される光を分析することによって、電子温度と電子密度を測定する仕組みだ。
電子からの散乱光(トムソン散乱光)は極めて微弱で、入射レーザー光の1000億分の1程度の光しか散乱されない。精度良く測定するためには、数1000万分の1秒以下の短い時間に、高いエネルギーのパルス状のレーザー光を発射できるレーザー装置が必要だ。
また、時々刻々と変化するプラズマの状態を知るためには、高い繰り返しでレーザーパルスを発射する必要がある。ITERでは、1パルス当たり5Jのエネルギーを持つレーザー光を100Hzで発射できる、世界最高の性能を持つレーザー装置が求められており、その開発が大きな課題だった(画像1)。特に、効率よくレーザー光を増大させるレーザー増幅器の開発が不可欠だったのである。
画像1の見方だが、斜めの線は平均出力(=レーザーエネルギー×繰り返し)を示し、右斜め上にいくほど高平均出力(高繰り返しかつ高出力エネルギー)であることを示す。
原子力機構では、「臨界プラズマ試験装置JT-60」で用いていた、7.46J/50Hz(平均出力373W)の計測用レーザー装置をこれまでに開発しており、それを基にITER用レーザー装置の設計が進められた。
ちなみに、今回開発したレーザー装置は、光のエネルギーを蓄える結晶(レーザー結晶)としてYAG(Yttrium Aluminum Garnet)を用いたYAGレーザーを採用している。レーザー装置には、ネオジムが微量添加された、淡い紫色がかった透明な結晶が使われるのが特徴だ。
しかし、繰り返し周期を単純に2倍に上げるだけでは、レーザー光を増大させる「レーザー増幅器」への熱負荷が過大となり、レーザー光を大きく歪ませ(熱レンズ効果)、レンズなどの構成機器に損傷を与えるため、5Jの実現は困難である。
なお、レーザー増幅器は、光のエネルギーを蓄えるレーザー結晶、それにエネルギーを与えるフラッシュランプ、フラッシュランプの光をレーザー結晶に集光する反射鏡という構成だ。エネルギーが蓄えられたレーザー結晶にレーザー光を通すと、レーザー光の強度が数倍以上に増幅されるのである。
そして、構成機器に損傷を与えないようにするために考え出されたのが、1パルス当たりに増幅器に投入するエネルギーを半減させ、レーザー増幅器の数を2倍にする方法だ。レーザー増幅器の数を2倍に増やして熱負荷を分散させることで、5J/100Hzを同時に実現できるというわけである(画像2・3)。
しかし、それによって新たに生じたのが、投入エネルギーが減少することで増幅器の増幅率が小さくなり、効率的にエネルギーをレーザー光として取り出せないという問題である。
今回開発したレーザー増幅器(画像4・5)は、コスト低減のためにフラッシュランプ励起方式とし、レーザー増幅器1台の筐体中に、2本のフラッシュランプと1本のレーザー結晶を2組内蔵する構造となった。
画像4(左)が、高出力レーザー増幅器の外観写真。画像5はその断面図。中央部に光って見えるのが2本の棒状のレーザー結晶 |
また、フラッシュランプを点灯させるために、この増幅器に投入できる平均電力は約10kWで、フラッシュランプ点灯中に発生する熱を効率よく除去する冷却設計も行われている。
レーザー増幅器では、フラッシュランプによる強い「励起」によって、レーザー結晶内で発生する光のノイズ(「自然放射増幅光」や白色光であるフラッシュランプ光中のレーザー波長と同じ波長の光)が増幅率を低下させる原因となる。
なお、励起とは、レーザー結晶中の原子が、通常はエネルギーの最も低い基底状態にあるが、フラッシュランプなどの強力な光源で照らされると、特定の光を吸収しエネルギーを受けとって、より高エネルギーの状態に移行し、光のエネルギーを蓄える現象のこと。
また自然放出とは、フラッシュランプなどにより高いエネルギーを与えられて励起状態になったレーザー結晶内の原子が、エネルギーを光として放出し、元の基底状態に戻ることで、高出力増幅器の場合、自然放出による光のうち、増幅度の高い中心波長成分がより強く増幅され、スペクトル幅が狭い光が放出されるが、これを自然放出増幅光という。
希土類元素の1つである「サマリウム」を添加した特殊なガラスで増幅器内の光のノイズを選択的に吸収させることによって、増幅率を向上できることが知られているが、どれだけ向上できるのか良くわかっていなかった。
そこで今回、その効果を初めて定量的に明らかにし、増幅率(「小信号利得」)を最大2.8倍向上させた効率の良いレーザー増幅器の開発に成功した(画像6)。これにより、半分の投入エネルギーでも従来と同程度の小信号利得が得られるようになったというわけだ。なお小信号利得とは、増幅器に入射するレーザー光(被増幅光)の強度が十分に小さい時の、増幅器の増幅率のことをいう。
レーザー増幅器では、増幅器に入射するレーザー光の強度が十分に小さい時、小信号利得は、画像5のようになる。しかし、被増幅光が十分に小さい場合、増幅器で増幅されても、増幅光は、増幅器に蓄えられた光のエネルギーよりも小さく、蓄えられたエネルギーを効率よくレーザー増幅に使うことができない。
今回開発したレーザー装置では、画像2に示すように、1ビームラインあたり増幅器である4本のレーザー結晶を直列に配置し、その後に「位相共役鏡」と呼ばれる鏡でレーザービームを折り返すことにより再度増幅し、レーザー結晶に蓄えられたエネルギーを回収する配置としてある(ダブルパス増幅)。
位相共役鏡とは、非線形媒質中で誘起される現象の「誘導ブリルアン散乱」により、入射電界の全空間位相を瞬時に反転し、共役波面を発生することができる光学素子のことだ。位相共役鏡で光を反射させると、通常の鏡のようにスネルの法則に従わず、ビデオテープを逆再生するように、反射光は入射光とまったく同じ経路を自動的にたどっていく。
効率よく増幅するためには、ダブルパス増幅の復路で「飽和増幅」となるように設計する必要がある。レーザーロッドに蓄えられるエネルギーは、有限であるため、被増幅光の強度が大きくなると、増幅率が減少する効果を飽和増幅という。増幅率が飽和する領域で、強い被増幅光を増幅器へ通すと、増幅器に蓄積された光エネルギーをレーザーエネルギーとしてほとんど引き出すことができる仕組みだ。
ただし、小信号利得が小さい場合は復路で飽和増幅とならないため、効率よくレーザーを増幅することができないという問題があるが、今回開発した小信号利得が高いレーザー増幅器は復路で飽和増幅でき、効率の良いレーザーシステムを構築することに成功している。
さらにITERのレーザー増幅器では、フラッシュランプを高い頻度で交換する必要があり、効率的な実験運転の観点から、その交換や光軸の調整が容易に行える構造も求められていた。
そこで、レーザー結晶を固定したままでフラッシュランプを交換できる、保守性を格段に向上させた構造が新たに考案され、今回開発したレーザー増幅器に取り入れられた形だ。
こうした工夫を経て、ITERの要求性能を越える、最大エネルギー7.66Jのレーザー光を100Hzで発射できる(平均出力766W)という、世界最高性能のプラズマ計測用レーザー装置の開発に成功したのである。
これにより、ITERで必要とされている性能を達成し、ITERの周辺トムソン散乱計測装置の開発が大きく前進した。フラッシュランプを容易に交換できるレーザー増幅器の構造については、これまでにない画期的なものであるため、特許が出願されている。またこのレーザー装置は、高度ながん治療方法として期待されているレーザー駆動粒子線治療器などにも応用可能な点も特徴だ。
そして今後だが、ITER計画のための日韓協力の下で、レーザー装置を韓国国立核融合研究所の超伝導核融合実験装置「KSTAR」に取り付け、実際にトムソン散乱計測を行い、イーターの周辺トムソン散乱計測装置開発のための試験データを取得する予定となっている。