高輝度光科学研究センター(JASRI)、科学技術振興機構、理化学研究所(理研)、パナソニックの4者は3月19日、ハンガリー科学院、山形大学と共同で、光ディスクの記録情報が長期保存でき、かつ高速で書換えができるミクロな仕組みの解明に取り組み、DVD、BD材料を対象として、その「元素別の役割」を原子レベルで解明することに成功したと発表した。

成果は、JASRIの小原真司主幹研究員、尾原幸治協力研究員、理研の高田昌樹主任研究員、パナソニックの松永利之主任技師、山田昇博士らの研究グループによるもの。詳細な研究内容は、3月16日付けで科学誌「Advanced Functional Materials」のオンライン速報版に掲載された。

DVD、Blu-ray Disc(BD)といった「書換型相変化光ディスク」は大容量のデータ記録媒体として、デジタルハイビジョン放送や高解像度デジタルビデオカメラなどのAV機器やパソコンの外部メモリなどのOA機器へと広く普及している。これらの情報記録のためには、長期保存(数10年)と高速書き換えが可能(ナノ秒)で、なおかつ高密度大容量の記録を実現する新材料が必要不可欠だ。

DVD、BDなどの相変化光ディスクにおける情報の記録・再生・書換えは、「ゲルマニウム(Ge)-アンチモン(Sb)-テルル(Te)」系や、「Sb-Te」系材料で構成される薄膜層にサブミクロンサイズの微小スポットに絞り込んだレーザーを照射することにより、薄膜内部における原子レベルの秩序状態を可逆的に変化させ、その際に生じる状態間の光学的反射率差を利用している。

記録を行う場合は、原子が規則正しく配列した「結晶相」に強いレーザー光を瞬時(DVD、BDでは数10ns)照射し、「アモルファス相」に変化させる形だ。この際、照射部の原子配列が大きく乱れる液体状態を瞬間的に経由して、そこから超急冷されることになり、液体の乱れた状態が室温で凍結され、アモルファス相となるのである。

ちなみにアモルファスとは、結晶のように3次元的に規則正しい原子配列を持たない固体物質のことを指し、ガラス材料もその1種だ。非晶質とも呼ばれる。そして結晶相やアモルファス相の「相」とは、ある境界を持ち、その境界内では一定の状態を示す物質の状態のことをいう。例えば、固体は固相、液体は液相、気体は気相といった具合だ。

記録状態を再生する際は、アモルファス相が結晶化しない程度のパワーでレーザー照射し、照射部からの反射光強度の変化を検出する。一方、消去する場合は、アモルファス相が融解しない程度のパワーでレーザー照射し、原子を再配列させることでアモルファス相を結晶化させる仕組みだ。この結晶→液体→アモルファス→結晶の相変化のサイクルを繰り返すことにより、書き換え可能なDVD、BDは動作するのである

中でも、「Ge2Sb2Te5」は相変化速度(相変化に必要なレーザー照射時間)は20nsと短いため高速な記録・消去が可能で、かつアモルファス相が室温でも数10年以上も安定で長期保存も可能だ。

こうした相変化材料としての顕著な特性を示すことから、同材料は初期の書換え可能な大容量光ディスクの実用材料として使われ、現在もこの材料をベースとした新組成開発、理論研究が盛んに行われている状況である。

近年の研究より、アモルファス状態(記録相)のGe2Sb2Te5を結晶化(記録の消去)する際には、アモルファス状態の材料内部に無数の結晶核が形成され、それら無数の核を中心に結晶化が広がることが知られている。

この材料がなぜ、このようなユニークな特性を示すのかについては、さまざまな研究成果が報告されてきたが、その個々の構成元素がどのような働きをしているのかという原子レベルでの理解は未解決のままだ。

今後、記録情報の長期保存と高速書換えを両立し、その上でさらに大容量のメモリ媒体を開発するためには、現在用いられているDVD、BDにおいて記録情報を長期保存でき、かつ書換速度を高速化するために必要な、「元素が持つ固有の役割」を明らかにする必要があったというわけだ。

そこで、研究グループは、DVD、BD材料のベースとなった実用材料であり、かつ相変化材料のスタンダードとして幅広く研究されているGe2Sb2Te5のアモルファス構造(記録相)について、理研が所有し、JASRIが運営している大型放射光施設「SPring-8」のビームライン「BL02B1」(単結晶構造解析)を用いた元素選択性のある「X線異常散乱」実験(画像1)、ビームライン「BL04B2」(高エネルギーX線回折)を用いた回折実験により原子の配列・配置を元素ごとに明らかにすることを試みた次第である。

なおX線異常散乱とは、X線のエネルギーが試料中に含まれるある元素の吸収端のエネルギーに近い時、その元素に対しては選択的に通常よりも大きな散乱(異常散乱)が生じるが、この各元素が固有に持っている吸収端付近での異常散乱効果により原子散乱因子が入射X線エネルギーによって大きく変化する現象を利用することで、特定元素の位置情報を知る方法のことだ。

特にSbとTeは原子番号が近く(51および52)、X線に対する散乱能がほとんど同じであることから、従来のX線回折実験から両者を区別することは困難だった。しかし、今回、X線異常散乱法を適用し、対象とする元素の検出感度が異なるエネルギーを選んで測定した2種類のデータを解析することによりこの区別が可能になったというわけだ。

画像1についての補足だが、Sb元素並びにTe元素のそれぞれに対して、異常散乱が発生する異なった2つのエネルギーのX線を用いた散乱実験を行い、元素の検出感度を変えた状態で原子配列を直接調べることができる。

画像中の赤色で示した光ではSbの異常散乱を利用してSbの配置(赤丸)を、青色で示した光はTeの異常散乱を利用してTeの配置(青丸)を元素選択可能だ。これにより、Sb選択異常散乱ではSbとほかの原子の相関のみが、Te選択異常散乱ではTeとほかの原子との相関のみが独立に直接観察できるのである。

画像1。元素選択性X線異常散乱の概略

得られた元素選択散乱データを「大規模密度汎関数(DF)-分子動力学(MD)シミュレーション」により理論的に構築した構造モデルをベースに、X線異常散乱データを再現するようにアモルファス構造の最適化が行われた。

同じレベルで結晶相(未記録相)とアモルファス相(記録相)の構造を比較するために、結晶相についても高エネルギーX線回折実験データを再現する3次元構造モデルを構築した形である。その結果、これまでの研究からもGe2Sb2Te5結晶(記録が消去された状態)は原子構造に乱れがあることがわかっていたが、結晶相については、画像2Aに緑色の矢印で示すように局所的に構造の乱れが存在することが、はじめて3次元可視化することができた。

次に、アモルファス相の構造モデル(画像2B)の詳細な調査を実施。その結果、これまでアモルファス相中に多く存在すると知られていた「4員環」(4つの原子で作られるリング)は主にGe-Te結合により構成されていて、これらが強靱なネットワークを作り、また記録消去過程において結晶化の核生成の種となることを突き止めたのである。

画像2。X線異常散乱データとコンピュータシミュレーションにより再現したGe2Sb2Te5の構造

ネットワーク構造はアモルファス物質が持つ構造的特徴の1つだが、画像3(A)に示すGe-Te結合(青色実線)のリングが作るひとつながりの構造(ネットワーク)がアモルファス構造を安定化させており、これが記録データの長期安定性を担っていることが明らかにできた。

一方、SbとTeは画像3(A)に示すように、明らかに結合しているもの(Sb-Te結合、赤色実線)と少し離れていて結合していないもの(赤色破線)が混在するという特徴的な原子配列をとっていることを確認。画像でわかるとおり、Sb-TeはGe-Teのようなリングを形成していなかったのである。

しかし、仮に赤色の点線の部分を潜在的な結合とみれば、Ge-Teと同様な規則性のある原子配列(潜在的なネットワーク)を築いていることが見て取ることが可能だ。

いい換えると、元素選択性X線異常散乱実験を適用することによりSbとTeの区別がつき、Sbのユニークな結合状態を世界で初めて浮き彫りにすることに成功したのである。

そして、いわばこの潜在的なネットワークは画像3(B)に示すように相変化過程において僅かな原子の移動で瞬時にSb-Te結合を形成することによってひとつながりの強靱なネットワークを形成し、結晶の原子配列を取り戻すという仕組みだ(画像3C)。

画像3。記録相の安定性と高速書換えにおける各元素の役割

このような特異な原子配列は、Sbを添加しないGeTeに存在しないことから、Sbを添加することにより形成されるこの潜在的なSb-Teネットワークが、レーザー照射によって素早く結晶のSb-Te結合を形成することを示唆しており、このことが光ディスクにおいてGe2Sb2Te5の高速書き替え(相変化)の要因であると結論づけられたのである。

現在、相変化材料は光ディスクのほかに電気的メモリ(PC-RAM)としても応用が始まっているが、いずれの場合にも1987年に松下電器産業(現、パナソニック)により提案されたGe2Sb2Te5をベースとする材料が依然として主流材料の1つになっている。

その意味では、同材料を凌駕する材料はその後の四半世紀の時間が経過しても見つかっていないというわけだ。これは、Ge2Sb2Te5を構成する各元素の役割を科学的に明らかにすることができなかったことがその大きな原因であったといえる。

今回、元素選択性のあるX線異常散乱法を利用した実験により、相変化のスタンダード材料であるGe2Sb2Te5において、記録情報の長期安定性と高速書換えを両立するための各元素の役割が原子レベルで明らかになった。

言い換えると、今回の研究成果は、相変化材料における元素ごとの役割を明らかにすることで、これまで材料設計において経験主導で行われてきた元素選択に、より科学的な根拠を与えることができたというわけである。ここで得られた知見は、今後の相変化材料へとつながる新しい開発指針を示したものだというあけだ。

研究グループは、今回の研究成果に基づいて、ステップアップした相変化材料の開発を目指すと、コメントしている。