東京工業大学(東工大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、大阪大学(阪大)、科学技術振興機構(JST)の4者は3月1日、光合成機能を持つ有機分子が、吸収した光エネルギーを化学エネルギーに効率よく変換し、かつ長時間エネルギーを保持し得る状態になることを直接観察によって立証したと共同発表した。

成果は、東工大大学院理工学研究科の星野学研究員、腰原伸也教授、植草秀裕准教授、KEK物質構造科学研究所の足立伸一教授、阪大大学院工学研究科の福住俊一教授、大久保敬特任准教授らの研究グループによるもので、詳細な研究内容は米化学学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版に近日中に掲載される予定だ。

現在のエネルギー源は主に化石燃料や原子力が用いられているが、環境負荷の問題や、事故・災害時におけるリスクの高さなどから、より安全でクリーンなエネルギーの創成方法が求められている。

太陽光エネルギーは持続可能な次世代エネルギーとして注目されており、特に植物が吸収した光エネルギーを化学エネルギーに変換し、炭化水素合成などの化学反応に利用する光合成を、原子・分子を設計し組み合わせることで、光合成のメカニズムを分子レベルで模倣する「人工光合成」は、近年盛んに研究が進められている状況だ。

しかし、光合成において分子が吸収した太陽光エネルギーをどのように化学エネルギーに変換するのかが未解明のままであり、人工光合成の課題だ。エネルギー変換のメカニズムを知る上で、変換過程における分子構造変化を知ることは、重要な要素なのである。

今回の研究では、単結晶中の分子構造を直接的に調べることが可能な、KEK放射光科学研究施設(PF-AR)を用いた「ポンププローブX線回折法」と「単結晶X線構造解析」を用いて、人工光合成への応用が期待されている「9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオン」(画像1)が光エネルギーを化学エネルギーに変換する時の分子構造変化を解明した。

9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、可視光を吸収することで「メシチレン部位」(スキーム中で青に変わる部位)から「アクリジン部位」(スキーム中で赤に変わる部位)への電子移動が起こり、吸収した光エネルギーを化学エネルギーに変換する仕組みを持つ。

画像1。9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオン

なお、試料の単結晶に短い時間幅のレーザー光を照射すると、短時間で単結晶中分子の多くが光のエネルギーを吸収して高いエネルギーの状態(今回の研究では、「光誘起電子移動」を起こした状態)に変化する。この瞬間のX線回折データを同様に短い時間幅のX線を用いて収集する方法がポンププローブX線回折法だ。レーザー光で高いエネルギー状態に「上げた(pump)」瞬間をX線で「調べる(probe)」ことから、このように呼ばれる。

また、分子が規則正しく周期的に配列した単結晶に単色化したX線を照射すると、結晶中の分子構造と周期性を反映した回折データを得ることが可能だ。この回折データを数千から数万収集して解析を行うことで、試料の分子構造と結晶構造を知ることができ、この手法を単結晶X線構造解析という。単結晶X線構造解析は実験から得られる回折データのみを利用して分子および結晶の三次元的な構造を知ることが可能であることから、直接観察とも表現される。

研究対象である9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、阪大の福住教授のグループが開発した分子であり、吸収した可視光を高効率で化学エネルギーに変換し、かつ長時間そのエネルギーを保持することが可能だ。しかし、これまで光吸収に伴う分子構造変化を直接観察することはできなかったのである。

今回の研究では、分子構造変化をとらえるため、KEKのPF-ARの時間分解X線ビームライン「NW14A」において、短い時間幅を持つレーザー光とX線をほぼ同じタイミングで繰り返し対象分子の単結晶に照射してX線回折データを収集するポンププローブX線回折法が用いられた。

ポンププローブX線回折法では、レーザー光が光合成における太陽光の役割を果たし、X線がその様子を観測する役割を果たしている。そこで得られた回折データを利用し、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンがレーザー光を吸収して化学エネルギーに変換した直後の分子構造を解明した。

レーザー光の照射前後の結晶構造を精密に比較・解析した結果、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは光を吸収するとアクリジン部位に対して「メチル基」が折れ曲がる構造変化を起こし、加えて結晶中に共存する「過塩素酸イオン」がメシチレン部位に近づくように配置を変化させていることがわかった(画像2)。

画像2の灰色の半透明部分は可視光を吸収する前の分子配置であり、光を吸収して化学エネルギーに変換する過程で、アクリジン部位に結合したメチル基が折れ曲がり、結晶中で隣接する過塩素酸イオンがメシチレン部位方向に移動していることがわかる。また、メシチレンとアクリジンの配置が観察精度以内で変化していないこともわかる。

画像2。観察されたエネルギー変換に伴う構造変化

9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、光を吸収するとメシチレン部位からアクリジン部位に電子を1つ移動させる光誘起電子移動を起こし、吸収した光エネルギーを酸化・還元反応に利用可能な化学エネルギーに変換することを狙って設計された分子だ。

この光誘起電子移動によってアクリジン部位が電子を受容すると、窒素原子上の電子配置が変化して周辺原子との結合様式が平面型からピラミッド型に変化することが予想される。

今回の研究によって観察されたメチル基の折れ曲がりは、窒素原子周辺の配置が平面型からピラミッド型に変化することに相当するため、アクリジン部位が確かに電子を1つ受容したことを反映する構造変化といえよう。一方、過塩素酸イオンの配置変化はメシチレン部位が電子を1つ供与して正電荷を増したため両者の間の静電気的な引力が強まったことを明確に反映している。

よって今回の成果は、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンの効率的なエネルギー変換は分子設計の狙いどおりメシチレン部位からアクリジン部位への光誘起電子移動が関係していることを直接的に初めて証明したことというわけだ。

また、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンは、メシチレン部位とアクリジン部位がほぼ直交した配置で結合しているが、今回の研究によって観察した光エネルギーを化学エネルギーに変換した時の分子構造において、この直交配置がほぼ変化していないことも非常に重要である。

両者が直交に配置することにより、光吸収によって起こる電子移動が元に戻ることが強く抑制されているのだ。つまり、エネルギー変換後もメシチレン部位とアクリジン部位の直交配置が保持されていることは、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンが変換した化学エネルギーを長時間保持することを裏付ける結果といえる。

今回の研究は、太陽光エネルギーを効率よく化学エネルギーに変換する分子設計方針の確立につながる成果だ。これにより、光のエネルギーを利用して通常では起こらない化学反応を進行(光触媒反応)させることが可能になると期待できると、研究グループではコメントした。

実際に9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンでは、さまざまな光触媒反応が報告されており、今後さらに効率的な光触媒反応を設計する上で今回の成果は重要な情報になると考えられる。さらに、9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンやその分子設計方針を利用して、エネルギー問題を解決へと導く新しい人工光合成システム開発の進展が期待されるという。