東北大学、名古屋市立大学、名古屋大学、イデア・インターナショナルの4者は、球状の炭素分子「C60フラーレン」が、リチウムイオン(Li+)を空洞の分子内に内包することで、特定の陰イオン(PF6-)と対になった岩塩(NaCl)型(画像1)の結晶「[Li@C60](PF6)」を形成することを明らかしたと共同で発表した(画像2)。

画像1(左)は、岩塩(NaCl)で、画像2が[Li@C60](PF6)の結晶構造。Li+@C60はPF6-と対をなして岩塩型の結晶構造を形成する

岩塩型の結晶構造は食塩の主成分である塩化ナトリウムなどのイオン性化合物でよく見られる結晶構造だが、金属内包フラーレンで岩塩型の結晶構造が発見されたのはこれが世界で初めてとなる。

成果は、東北大の岡田洋史助教、飛田博実教授、名古屋市立大学の青柳忍准教授、名大の北浦良准教授、西堀英治准教授、篠原久典教授、澤博教授、イデア・インターナショナルの笠間泰彦博士らの共同研究グループによるもので、詳細な研究内容は独化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」4月2日号に掲載されるのに先立ち、オンライン版に現地時間時間2月28日に掲載された。

炭素原子60個からなるC60フラーレンは、直径1nmのサッカーボール型の球状分子であり、中空の分子内部に金属原子や、ガス分子、水分子などを内包することが可能だ。内包された金属原子は、多くの場合電子をC60に与え金属陽イオンとなる。

内包された金属陽イオンの持つ電気的または磁気的な性質をうまく利用できれば、単分子で動作する直径1nmの微小な電子デバイスを作製できる可能性があるのがC60フラーレンの特徴の1つだ。金属内包C60フラーレンの合成は一般に困難だが、最近になってイデア・インターナショナルは、リチウム(Li)を内包したC60フラーレンLi@C60の大量合成法を確立した。

Li@C60のリチウムを陽イオン化したLi+@C60は、正電荷を持った球状分子であることから、分子サイズの陽イオンとみなすことができ、各種の陰イオンと組み合わせることで、さまざまなイオン結晶を形成すると期待されている具合だ。

イオン結晶の代表例として、ナトリウム陽イオン(Na+)と塩素陰イオン(Cl-)が交互に並んだ岩塩(画像1)が挙げられるが、Li+@C60を適切な陰イオンと組み合わせることで、Li+@C60の岩塩型結晶を作製できる可能性がある。また、陰イオンの種類や配置を工夫することで、Li+@C60の特性を活用した新しい機能性結晶が得られる可能性もあるというわけだ。

研究グループは、八面体型の比較的小さい陰イオンであるPF6-を用いてLi+@C60の結晶[Li@C60](PF6)を作製し、その結晶構造を、理化学研究所が所有する大型放射光施設「SPring-8」を用いたX線回折実験(X線を結晶に照射し、散乱されたX線の強度分布(X線回折像)から、結晶内の原子の配列(結晶構造)や電子の分布(電子密度分布)を決定する手法)により明らかにした。得られたX線回折データを解析した結果、[Li@C60](PF6)は金属内包フラーレンで世界初となる、岩塩型の結晶構造(画像2)を有することが明らかになったというわけだ。

特に100℃以上の高温では、C60は内包したリチウムイオンと共にほぼ自由に回転運動をしているため、Li+@C60は分子サイズの陽イオンとみなすことが可能である。この結果は、正電荷を持つ球状のLi+@C60分子が、Na+などの金属陽イオンと類似の静電的性質を持つことを示す。

C60の回転運動は室温以下の低温では停止しており、回転運動が停止したC60の分子構造を詳しく調べた結果、球状の分子の直径が、温度を下げるのに従ってわずかに大きくなることが確認された。

多くの物質は、温度を上げると膨張する性質(熱膨張)を示すが、ごく一部の物質は逆に、温度を下げると膨張する性質の「負の熱膨張」を示す。C60分子の負の熱膨張は、過去に他の研究グループによっても提唱されていたが、この実験では、回転運動が停止したC60に対して高輝度放射光を用いて高精度な分子構造を求めることで、その決定的な証拠を得ることに成功した。

低温でC60の回転運動が停止しているのに対して、リチウムイオンは-200℃でもC60の内部をかなり自由に動き回っていることが判明(画像3)。さらに温度を下げていくと、リチウムイオンは徐々にC60内の特定の2つの位置に局在していくことがわかった(画像4)。

画像3(左)は-118℃で、画像4は-251℃でのC60に内包されたLi+の様子の模式図。Li+の存在する位置(電子の分布の様子)を紫色で示している(緑色はC60の電子の分布の様子、緑色の棒はC60の骨格を示している)。Li+は-118℃でC60の中心からずれた位置を回転するように運動しているが、より低温の-251℃では運動が減少し主に2つの位置に等確率に存在するようになる

また、局在したリチウムイオンの位置から、C60の内側にあるリチウムイオンと、外側にある陰イオンとの間に静電的な引力が働いていることが判明。このことは、C60に内包されたリチウムイオンの位置と運動が、温度や陰イオンの配置など分子の置かれた環境に大きく応答することを示している。これはいいかえれば、正電荷を持ったリチウムイオンの状態を、C60の外側から制御できる可能性を示しているというわけだ。

今後、Li+@C60の電場などの外場応答に興味が持たれると研究グループではコメントしている。今回の研究で明らかになったLi+@C60の特性から、C60内のリチウムイオンは外部電場に応答すると考えられるという。もし、リチウムイオンの位置を外部電場によって制御、認識できたとしたら、単分子で動作するナノサイズのスイッチやメモリ素子への応用の道が開かれることになる。

また、陰イオン置換によるLi+@C60結晶の構造と特性の変化も興味が持たれる点だという。PF6-以外の陰イオンを組み合わせてさまざまな結晶を作製し、特性を調べていくことで、例えば強誘電性などの有用な特性を持った、新しい金属内包フラーレン結晶が得られる可能性があるとした。