理化学研究所(理研)は、好気性超好熱古細菌「エアロパイラム・ペルニクス(Aeropyrum pernix)K1」を用いて、染色体の主要な構成タンパク質「Alba2」とDNAの複合体の立体構造を解析したと発表した。DNA-Alba2複合体は中空のパイプ構造を取っていること、パイプの中に2本鎖DNAを収納していることがわかり、古細菌の「クロマチン構造」を原子レベルで解明することに成功した具合だ。
成果は、理研放射光科学総合研究センタータンパク質結晶構造解析研究グループの田中智之リサーチアソシエイト、シバラマン・パダバターン特別研究員、城生体金属科学研究室のチルマンナンセリ・クマラベル先任研究員らによるもので、米生物化学誌「Journal of Biological Chemistry」2月10日号に掲載された。
生物を系統で分類すると、ヒトをはじめとする「真核生物」、大腸菌などのバクテリアと呼ばれる「真正細菌」(単に細菌ともいう)、原始の地球に近い極限環境で生息する「古細菌」の3つに大別される。中でも古細菌は特殊な存在で、遺伝情報の発現機構は真核生物に似ているが、代謝経路はバクテリアに近く、生命の進化系統樹において第3のドメインと呼ばれている特徴を持つ(画像1)。
エアロパイラム・ペルニクスK1は、超好熱性古細菌に属する生物の一種。京都大学などによって鹿児島県小宝島の近海で採取され、ゲノム配列も明らかにされているのが特徴だ。至適生育温度90~95℃で、超好熱性古細菌としては例外的に好気性であるため、抗酸化機構の研究に適した生物であり、地球最古の抗酸化システムに類似した機構を備えていると考えられている。
画像1。古細菌の進化系統樹。生物は最上位の分類で3つのドメインに分けられる。進化的には真正細菌は遠縁、古細菌と真核生物は近縁とされる。真正細菌と古細菌は細胞核を持たない原核細胞で構成され、まとめて原核生物と呼ばれる。今回対象とした生物は古細菌(赤) |
どの種も、遺伝情報であるDNAをコンパクトに収納するため、染色体を構成するタンパク質と結合させて、クロマチンと呼ばれる構造を形成している。クロマチンは階層的で高次な構造を作り上げて染色体を形成し、遺伝情報の修復・複製・分離といった機構と密接に関係しているという形だ。
真核生物や真正細菌の染色体は、タンパク質の「ヒストン」8量体の周りに約150塩基対(bp)のDNAが1.65回巻き付いて結合した「ヌクレオソーム」を作り、この基本単位がつながったクロマチン構造からなることがわかっている。一方、古細菌の場合はヒストンではなく、Alba2タンパク質が染色体の構成要素をなしているという具合だ。
Alba2遺伝子は、高熱菌や超高熱菌などすべての古細菌のゲノム中に存在し、いくつかの古細菌でAlba2タンパク質単体の構造は解明されたが、DNAと結合したAlba2-DNA複合体の構造とその機能についてはわかっていなかったのである。
研究グループは、Alba2-DNA複合体の構造を解明するため、エアロパイラム・ペルニクスK1株から取得したAlba2遺伝子を大腸菌体内に組み込み、Alba2タンパク質を生産できるようにした。大腸菌が生み出すAlba2と古細菌のDNAの複合体を調製し、このAlba2-DNA複合体を「シッティングドロップ蒸気拡散法」で結晶化。
ちなみに、タンパク質溶液と結晶化溶液をプレート上にウェル(くぼみ)のある密閉容器に入れて静置すると、結晶化溶液の拡散によって蒸気平衡化が生じ、条件が良ければ3次元のタンパク質結晶の核が形成される、これが蒸気拡散法と呼ばれる手法だ。蒸気拡散法にはシッティングドロップとハンギングドロップ法があり、タンパク質溶液のしずく(ドロップ)を「下に置く(シッティング)」か、「上からぶら下げる(ハンギング)」か、の違いがあり、結晶の生成メカニズムに影響を与えると考えられているが、今回はシッティングドロップ蒸気拡散法が用いられた。
そして、理研が所有する大型放射光施設「SPring-8」の理研ビームライン「BL26B1」でX線結晶構造解析を行ったところ、Alba2-DNA複合体の立体構造を2.0Åの高分解能で決定することができたのである。
Alba2-DNA複合体の立体構造は、冒頭で述べたように、Alba2が中空のパイプ構造を形成し、このパイプの中にDNAを直鎖状に収納して遺伝情報を保護していることが判明(画像2・3)。
また、Alba2は二量体を形成しており、二量体同士は、Alba2を構成する14番目のアミノ酸である「リシン(Lys14)」と、78番目の「スレオニン(T78)」、79番目の「プロリン(P79)」の間で水素結合し、パイプ構造を形成することがわかったのである(画像5)。
さらに、Alba2タンパク質単体とAlba2-DNA複合体の構造を重ね合わせたところ、複合体ではヘアピン構造を内側へ折り畳むことで、5つの「アルギニン(R10,R13,R42,R46,R86)」をDNAへ結合させていること、その際、折れ曲がったヘアピン構造の先端部分にあるT78とP79が、別の二量体にあるLys14と水素結合し、パイプ構造を安定化していることがわかった(画像4)。
好気性超好熱古細菌を用いたクロマチン構造の解明は、真核生物のヒストンが進化の過程でどこから派生したかを知る手掛かりとなるだけでなく、クロマチン構造と機能の解明に大きく寄与することになる。
また、遺伝情報を収納するクロマチン構造は、機能的にバクテリア、古細菌からヒトまで共通であると考えられることから、DNA損傷を原因とする疾病の解明や治療につながることも期待されている次第だ。
さらに最近になって、DNAの二本鎖の間にまたがっている塩基を伝わって電流が流れることが確認されている。DNAの二本鎖が作る二重螺旋の幅は、約2nmだ。パイプ構造内にDNAを収納するというユニークなDNA収納機構を利用したナノサイズの電線ができると、現在の半導体に代わるバイオデバイス開発の可能性が広がると、研究グループではコメントしている。