東京工業大学大学院理工学研究科の荒木純道教授と阪口啓准教授らの研究グループは、光電製作所と共同で、入学試験中に通信している携帯端末を座席レベルの精度で検出するシステムの開発に成功したことを発表した。

複数センサを用いるマルチセンサ型位置推定システムに、統計的な機械学習の手法を適用することで、端末の通信電波から伝搬路の特徴量を自動的に学習し、端末の位置を推定する。入試会場を模擬した実証実験で、平均位置推定誤差0.5m以下の位置推定精度で、座席を特定できることを確認した。

室内での電波を利用した位置推定にはTDOA(Time Difference of Arrival)・RSSI(Received Signal Strength Indicator)に基づく方法があるが、室内環境の伝搬路の複雑さや、その環境が時間変動することから、平均位置推定誤差が3m程度に留まっていた。開発したシステムは、既存手法に、端末から発信される制御信号を用いた伝搬路の統計的な学習法を加えており、位置推定精度を改善した。これにより携帯端末のリアルタイムで高精度な検出が可能となり、社会問題となっている入試での不正行為の抑止力につながると期待されると研究チームでは説明している。同成果は3月9日に開催される電子情報通信学会・ソフトウェア無線研究会で発表する予定。

今回の開発で東工大と光電製作所は、入試などでの携帯電話を用いた不正行為検出システムを開発し、大学入試センター試験の会場となった教室を用いて、携帯端末の送信電波を利用した端末座席特定法に関する実証実験を行った。不正行為検出システムは実用面から、簡易な導入と高い位置推定精度および日常的に運用が行えるシステムが望まれる。同研究グループは普段、学生が使用している携帯端末の通信電波に着目し、統計的手法を用いた伝搬路の機械学習を導入することで、携帯端末の位置とその端末の発信する電波を自動的に学習し、高精度の端末特定ができるシステムの基礎技術を開発した。

実証実験は図1、図2の教室と図3のマルチセンサを用いて行った。ここでは座席の最短間隔0.78mよりも高い精度の位置推定システムが求められる。開発技術は様々な携帯端末の通信規格に対応可能だが、今回はNTT docomo のXi(LTE規格)の通信端末「L-02C」を利用して実験した(図4)。送信端末を座席に置き、通信させながら人為的に端末の位置を変動させることで、統計学習によって得られる受信信号の環境変動を再現した。

図1 実験を行った教室配置図

図2 実験を行った教室(試験時定員114名)

図3 実験に用いたセンサアンテナ

図4 模擬携帯端末

センサ群によって得られた受信データから、機械学習の技術を適用することで、伝搬路と位置を統計的に処理し、学習データベースを作成。既存の高精度位置推定技術では環境変動が非常に小さいことが仮定されていたが、同システムは環境の変動を統計的に学習しており、この点が大きな特徴の1つである。

収集された学習データを利用して、教室内で携帯端末が通信を行った際に、その携帯端末が利用された座席の位置推定精度を評価した。座席を特定する際には、学習と同様にセンサ群によって得られた受信信号を処理し、学習データと比較することで、最も発信源である可能性の高い座席を選択する最尤推定を行なっている。

図5および図6は位置推定の実験結果で、既存手法と併せて示している。図5の横軸は図1に示した座席を表す番号、縦軸は平均位置推定誤差である。既存手法であるTDOA・RSSIでは位置推定の平均誤差は3m程度だが、提案システムはすべての座席で高精度な推定が実現でき、平均誤差は0.42mと既存手法に比べ7 から10倍程度改善された。図6は、提案手法による各席の位置推定誤差を視覚化したもので、精度が比較的悪い座席でも、推定誤差は隣席までとなっている。

図5 実験結果(既存手法と提案手法の比較)

図6 実験結果(座席特定誤差の範囲)

今回の開発は試作ハードウェアを用い、人為的に伝搬路を学習する基礎実験に留まっているため、研究チームでは実用化にはハードウェアのコスト削減、自動的な伝搬路学習の確立が必要となるとしており、今後、これらを改善し、不正行為検出システムの実用化を目指すとしている。