産業技術総合研究所(産総研) ナノシステム研究部門 フィジカルナノプロセスグループ 越崎直人 研究グループ長らの研究チームは1月30日、高屈折率物質のサブマイクロメートル球状粒子作製法により得られた粒子を高効率光散乱体として応用することで、湿式太陽電池の光電変換効率向上を実証したことを発表した。 香川大学工学部 石川善恵 准教授との共同研究によるもので、同成果はアメリカ化学会の論文誌「Journal of the American Chemical Society」133巻47号に掲載された。

これまで産総研では、サブマイクロメートル球状粒子を作製できる液相レーザー溶融法を開発し、酸化銅、銅、鉄、酸化タングステン、シリコンなどのサブマイクロメートル球状粒子の合成が可能であることを示してきた。球状粒子の応用開発を進めてきており、今回、酸化チタンのような高屈折率物質の球状粒子が光散乱体として有効であり、太陽電池などの光電変換デバイスに応用できることを明らかにした。

同技術では、さまざまな散乱ピーク波長を持つ粒子が作製可能で(図1)、サブマイクロメートル球状粒子薄膜を塗布するだけで、光を効率よく散乱するが、電池としての機能発現に必要な電解質中のイオンの移動は妨げない光散乱性透過膜が得られるという。

図1 酸化チタンサブマイクロメートル球状粒子の散乱特性(左)と太陽電池への応用例(右)

今回の研究では、高屈折率の酸化チタンサブマイクロメートル球状粒子を作製し、これを高効率光散乱性透過膜として利用することで量子ドット増感太陽電池の光電変換特性を向上させた。

まずナノ粒子が分散したコロイド溶液を原料とし、これにパルスレーザー光を照射してナノ粒子を溶融させることでサブマイクロメートル球状粒子を得た(図2)。ナノ粒子は通常、液相中に分散させても凝集して1つの構造体を作っているが、パルスレーザー光照射によって、十分なエネルギーをナノ粒子凝集体が吸収すると、短時間(ナノ秒のオーダー)にその温度は融点以上にまで到達する。その後、溶融した粒子は周りの液相によって冷却され、粒子は再凝固する。このような選択的パルス加熱によって凝集体が溶融すると、その形状は不定形から球状へと変化する。

さらに間欠的なレーザー加熱により粒子全体が溶融・凝固を繰り返すことで、周辺の粒子を取り込んで大きくなったり、液相成分の熱分解生成物との高温化学反応が起こったり、取り込まれた空孔の再配列による中空化が進行したりするため、粒子の組成、サイズなどの変化が進行して、最終的に球状サブマイクロメートル粒子が生成する。酸化チタンの場合は、条件を変えることで多くの結晶性球状サブマイクロメートル中空粒子が得られる。

図2 液相レーザー溶融法による単結晶状酸化チタン球状粒子の作製プロセス

アセトン中に分散したアナターゼ相酸化チタン原料ナノ粒子に波長355nmの非集光レーザー光(133 mJ/pulse•cm2))を30分間照射すると多くの球状粒子(図3左)が生成し、それらの粒子は真球状で平滑な表面を有し、ナノ粒子が集まってできた粒子ではないことが分かった。また、X線回折スペクトルからレーザー照射後の粒子はルチル相に変わることが分かった。透過型電子顕微写真から、得られた球状粒子の多くは中空粒子であるが(図3右)、中空部分は必ずしも粒子の中心ではなくランダムに分布していることを確認した。

図3 液相レーザー溶融法で作製した酸化チタン球状粒子の走査型(左)および透過型(右)電子顕微鏡写真

レーザーのエネルギー密度や照射時間を変化させることで、酸化チタン球状粒子のサイズを制御することができるという。図1左は、サイズの異なる酸化チタン球状粒子分散液から得られた消光スペクトルであるが、得られた粒子分散液の消光ピーク位置は粒子サイズの増加とともに440nmから760nmへと長波長側へシフトし、ピークの幅も大きくなった。

ナノ粒子の場合、長波長側へのシフトとピーク幅の増加はともに粒子サイズの増加によって引き起こされることが知られている。しかし、図1左に示された消光ピークの長波長側へのシフトは酸化チタンのバルク体のバンドギャップに対応した410nmよりも長い波長範囲であるため、バンド間吸収によるものではない。むしろ、粒子サイズが入射光の波長相当になったときに起こる散乱現象に起因し、粒子が大きいほど、より長波長の光を散乱するため消光ピーク位置が長波長側にシフトするものだと考えられる。また、ピーク幅の広がりは得られたサブマイクロメートル球状粒子のサイズ分布が広いためである。消光ピーク波長と平均粒子サイズの関係は、ほぼ線形の関係にあった(図4)。作製条件によって粒子サイズを変化させれば、散乱ピーク波長を制御できることが分かった。

図4 消光ピーク波長と球状粒子サイズとの関係

光増感型太陽電池の性能向上には、光吸収によって効率的にキャリアを生成させることが重要である。しかし、典型的な量子ドット増感太陽電池の構造では、薄膜層中の量子ドットは完全に可視光を吸収できず、吸収されなかった光は対電極に到達するため入射太陽光が十分に利用されないという問題がある。

そこで、今回開発した酸化チタンのサブマイクロメートル球状粒子を分散させた液の光散乱特性を測定し、その結果から、平均サイズ483nmの酸化チタン球状粒子を薄膜化して作製した散乱層を量子ドット増感太陽電池に導入して光電変換特性が向上するかどうかを測定した。

図1右に示されたように、量子ドット増感酸化チタンナノ粒子薄膜を球状サブマイクロメートル酸化チタン粒子で被覆し、白金被覆ガラスとFTOガラスを電極としてサンドイッチセル中にシールしたところ、太陽光が量子ドット増感酸化チタンナノ粒子薄膜を通過した後、吸収されなかった光は球状サブマイクロメートル酸化チタン粒子により後方散乱され量子ドットによる二次的な吸収を引き起こすことが確認された。図5左は、酸化チタン球状粒子によって覆われた量子ドット増感太陽電池の断面写真であるが、この場合では6μm厚のCdS/CdSe量子ドットで増感された酸化チタンナノ粒子薄膜が酸化チタンサブマイクロメートル球状粒子からなる1.5μm厚の光散乱層で被覆されている。

光散乱層の有る場合とない場合について、標準模擬太陽光照射での電流電圧特性曲線を測定した結果、光散乱層がない場合は、短絡電流密度(図5右で電圧0Vでの電流密度のこと)11.0mAcm-2、エネルギー変換効率2.31%であった。一方、光散乱層がある場合では短絡電流密度が11.5mAcm-2、エネルギー変換効率が2.58%と、変換効率が10%増加した。また、量子収率スペクトルを測定したところ、光散乱層がある場合は大きな量子収率を示した。特に、光散乱層がある場合には赤外光領域にまで光電変換を示すようになるが、これは図1左に示すような酸化チタンサブマイクロメートル球状粒子の広い波長範囲での光散乱に起因するものと考えられた。

図5 (左)酸化チタン球状粒子光散乱層で覆われた量子ドット増感酸化チタン太陽電池断面の走査型電子顕微鏡写真             (右)酸化チタン球状粒子光散乱層の有無による太陽電池の電流電圧特性の比較

このように、単結晶の酸化チタンサブマイクロメートル球状粒子からなる薄膜は、高い屈折率による光散乱特性に加えて、太陽電池として必要な十分なイオンの移動性と電解質中での高い化学的安定性をもつことから、光の有効利用のための光散乱性透過膜としての応用が可能と考えられる。

酸化チタンサブマイクロメートル球状粒子を利用した光散乱性透過膜は、その散乱特性を広範囲に制御できる可能性が大きいが、太陽電池の発電効率のさらなる向上のためには、最適化はまだ十分ではないという。

今後は、様々な実験条件の検討などにより粒子サイズの制御性を向上させることで発電に寄与しなかった光を散乱により効率よく回収し有効利用する技術の確立へ向けて取り組んでいく予定と研究チームではしているほか、球状粒子サイズ・粒子膜の厚さ・粒子膜の配列状態などの制御により最適な散乱特性を得るために、実験的なデータの積み重ねと電磁場計算による予測、それらの対応関係の検討などにも取り組んでいく方針としている。