NTTと科学技術振興機構(JST)は1月26日、自然界の基本粒子とは異なる「非アーベリアン準粒子」(画像1)の存在が期待される電子状態を解明した発表した。研究は、NTT物性科学基礎研究所の村木康二主幹研究員と、JST戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「平山核スピンエレクトロニクスプロジェクト」の物理研究・結晶成長グループの村木康二グループリーダらの共同研究グループによるもので、成果は米国科学雑誌「Science」オンライン速報版に日本時間1月27日に掲載された。

画像1。粒子の分類とその例。非アーベリアン準粒子は理論的に予想されているもので、まだ発見されていない

量子コンピュータは従来のコンピュータをはるかに凌ぐ計算能力を有すると期待されているが、計算の規模が大きくなると外部擾乱や論理ゲートの精度不足によるエラー発生や、そのためのエラー補正が重要な課題となる。

そのような問題を根本的に解決する方策として、エラー発生率が非常に低くなると期待される「トポロジカル量子計算」(画像2)という新しいアイデアが提案されて興味を集めているが、それを現実のものとするためには自然界の基本粒子とは異なる特異な性質を持った非アーベリアン準粒子が必要だ。

画像2。トポロジカル量子計算のイメージ。複数の非アーベリアン準粒子が存在する時に、準粒子の交換によって系の状態が変化することを論理ゲートとして用いた量子計算だ。空間に配置された準粒子を順番に入れ替えることで計算が実行される。計算結果は準粒子を交換する順序だけで決まり、経路の長さなどの詳細には依存しないため、エラー発生率を低く抑えることができるとされている

ちなみに、基本粒子とは、自然界の物質を構成する最小単位の粒子のこと。電子などのフェルミ粒子と光子などのボーズ粒子に分類される。フェルミ粒子とボーズ粒子の違いは、2つの同種粒子を入れ替えた時に、その量子力学的状態を記述する波動関数の符号が変化するかどうかによる。陽子、中性子、原子など、複数個の基本粒子から構成された粒子もフェルミ粒子かボーズ粒子に分類される。

そして非アーベリアン準粒子についてだが、金属中の電子や結晶を構成する原子など、多くの粒子が関与することで全体としてあたかも1つの粒子のように振る舞うことがあり、これを準粒子という。例として、半導体中の正孔や格子振動の量子であるフォノンなどがあるが、3次元空間ではこれら準粒子もフェルミ粒子かボーズ粒子に分類される。

ただし2次元空間では、2つの準粒子を入れ替えた時、波動関数に1でも-1でもない複素数がかかることがあり、これを「エニオン」と呼ぶが、波動関数には位相の任意性があるため、準粒子を入れ替える前後で状態は変わらない。これに対し、2つを交換すると、元の状態とは違う別の状態に変わってしまうという特異な性質を持った準粒子も理論的に予想されており、これを非アーベリアン準粒子、または「非アーベリアンエニオン」という。

非アーベリアン準粒子の存在は、「5/2分数量子ホール状態(5/2状態)」(画像3)という純度の高い半導体結晶中で見られる特殊な電子状態において期待されているが、この状態は従来の理論では説明できないため、そのメカニズムを明らかにすることが課題となっていたのである。

なお、5/2状態とは以下の通りだ。2次元空間に閉じ込められた電子に垂直に強い磁場を加えると、電子のエネルギーは「ランダウ準位」と呼ばれる離散的な準位に分裂する(画像4)。電子が占めているランダウ準位の数を「占有率」といい、ギリシア文字のνで表す。分数量子ホール効果は、低温で特定の占有率において縦抵抗(Rxx)がゼロとなりホール抵抗(Rxy)が普遍的な値h/e2(h:プランク定数、e:素電荷)のνの-1乗倍で一定となる現象で、その状態を分数量子ホール状態という。

Robert Betts Laughlin氏は分数量子ホール効果の解明によって1998年のノーベル物理学賞を受賞しているが、占有率5/2で生じる5/2状態はこの理論では説明できない。占有率を5/2からわずかにずらすと局所的に電子の足りない領域ができ、それが電荷を持った粒子のように振る舞うため、準粒子と呼んでいるのである(画像5)。そして、5/2状態を説明するために提案された理論の内のいくつかが、5/2状態の準粒子が非アーベリアン準粒子であると予想しているというわけだ。

画像3。5/2分数量子ホール状態

画像4。ランダウ準位と5/2状態

画像5。5/2状態における準粒子のイメージ

今回、NTTとJSTの共同研究チームは、独自に開発した「高感度抵抗検出NMR法」(画像6)を用いることで、壊れやすい5/2状態において、電子の「スピン状態」を正確かつ直接的に測定することに成功し、すべてのスピンが同じ向きにそろっていることを明らかにした(画像7)。

なお、電子のスピン状態とは、量子力学的粒子の角運動量には軌道角運動量以外に粒子の内部自由度による寄与があり、この自由度のことをいう。電子などのフェルミ粒子の場合、スピンの向きが同じ粒子は同じ軌道に2つ以上入ることができない。そのため多電子系では電子のスピン状態と軌道状態には密接な関係があり、スピン状態を測定することで電子状態に関する重要な情報が得られるのである

画像6。高感度抵抗検出NMR(核磁気共鳴)法。磁場中で原子核が固有の周波数で電磁波を共鳴吸収する現象。原子核の化学結合や周囲の電子の状態によって共鳴周波数がわずかに変化するため、分析や物性測定に使われる

画像7。実験結果。共鳴周波数のシフト量は上向きスピンと下向きスピンの数の差に比例する。スピン状態がわかっている占有率2と5/3の状態と比較することで、5/2状態ではスピンの向きがそろっていることがわかる

5/2状態を説明するために提案されている理論の中で、非アーベリアン準粒子の存在を否定する理論では、上向きと下向きのスピンが同数になるとされていたため、その理論は排除され、実験と一致するのは非アーベリアン準粒子の存在を肯定する理論に絞られた。そのため、5/2状態において非アーベリアン準粒子が存在する可能性が高くなったというわけである。

5/2状態を壊さずにそのスピン状態を測定するためには、高純度の半導体結晶と、高感度の測定技術が必要だ。今回の成果は、NTTが有する高純度半導体の結晶成長技術と「抵抗検出核磁気共鳴(NMR)」技術に、さらに改良を加えることで可能となった。

測定に用いた高移動度2次元電子試料(画像8)は、GaAsのヘテロ構造で、高純度結晶成長技術により、107cm2/Vs以上の電子移動度を得ている。さらにバックゲートを用いて電子を誘起することで、チャネル下側のドーピングをなくし、不純物ポテンシャルを低減するとともに、広い電子密度範囲にわたって安定したゲート動作を実現した。これにより、抵抗検出NMR法の高感度化が可能となったのである。

画像8。高移動度2次元電子試料

GaAsの結晶を構成するGaやAs原子の核スピンと電子スピンの間には弱い相互作用がある。そのため、ある電子状態において上向きスピンと下向きスピンの数に差があると、それが核スピンに対して有効磁場として働き、核スピンの共鳴周波数をわずかに変化させる。NMRではこのシフト(ナイトシフト)を測定することにより、電子スピンの情報を得ることが可能だ。

抵抗検出NMRは、核スピンの共鳴を2次元電子の抵抗の変化として検出することにより、基板やほかの層に含まれる同種原子の影響を取りのぞき、測定対象である2次元電子と接触している核スピンからの信号のみを選択的に、かつ高感度で検出する方法である。これまでは、核スピンの共鳴によって抵抗が変化する特定の電子状態に適用が限られていた。今回の研究では、ゲート電圧と高周波磁場を別々に加え、核スピンに対してもっとも敏感な電子状態を信号読み出しに用いることで、5/2状態の高感度測定が可能となったのである。

なお、今回の実験では、準粒子の性質を決める電子のスピン状態が着目されたが、研究グループでは今後、準粒子の性質に着目し、準粒子の閉じ込めや干渉などの実証実験を通じてトポロジカル量子計算の応用を検討するとしている。