京都大学(京大) 工学研究科の野田進 教授および同博士課程 佐藤義也氏などの研究チームは、次世代の高機能光チップ実現のための基盤技術として、光を任意の微小空間(ナノ共振器)に強く閉じ込めつつ、それらを有機的に結合し、自在に制御する技術の開発に成功したことを発表した。同成果は「Nature Photonics」に掲載された。
光ナノ共振器は、微小領域に光を蓄積させることができ、またその内部での強い光集中により光-物質間の相互作用が増強されるため、ダイナミック光メモリ、高非線形光スイッチ、さらには光量子情報処理など、さまざまな展開が期待されている。研究チームでもすでにフォトニック結晶を用いた高Q値光ナノ共振器の概念の構築から、実際の開発などを進めてきており、すでにマルチステップへテロ構造と呼ばれる光閉じ込め構造を高精度で形成し、Q値として世界最大級の440万を持つナノ共振器も実現している。
このような光ナノ共振器を複数個、有機的に強く結合させ、ナノ共振器間を光が自在に行き来できるような状態を形成し、また、このような結合共振器系の性質を動的に制御することが可能となると、高機能光チップ実現へ向けた重要なステップを達成することができるが、通常、ナノ共振器間の強い結合を実現するためには、ナノ共振器どうしを光の波長程度の極めて近い距離まで近づける必要がある。これは、ナノ共振器が、光の波長程度の空間的に極めて小さな領域に光を強く閉じ込める性質を持つためで、この空間的な配置に関する制約は、高度な光機能を持つ光チップ実現にとって、大きな制約となるため、解消しなければならない重要な課題となっている。
今回の研究は、遠く離れたナノ共振器どうしであっても、あたかも極近くに存在する共振器どうしの結合であるかのように、強く結合させることに成功したことに加えて、その結合を任意のタイミングで制御することに成功したというもの。
具体的には、まず、離れた共振器間の強い結合を実現する方法として、2つの共振器A、Bの中間に導波路を配置した構造を考案。導波路から外部環境へ光が逃げるのを抑えるために、導波路の両端を反射鏡C、Dで閉じ、ここで中間に配置した導波路は、連成振り子において振動を媒介する弾性棒と同様に、ナノ共振器間での光のやりとりを媒介する役割が期待できるが、導波路部の長さが非常に長い場合、導波路を介したナノ共振器間の強結合が実現できるかは自明ではない。一般に光は広い空間へと散逸していく性質があるため、共振器の近傍に非常に長い導波路を配置すると、例えその他の外部環境への損失が一切無くても、ナノ共振器内の光は導波路へと散逸し、光が導波路へと大きく漏れてしまうと、ナノ共振器間で効率良く光をやりとりできなくなり、単に導波路中を光が往復する状態に収束していく。これは強結合ナノ共振器とは質的に異なる状態であり、また微小な領域への光集中というナノ共振器の特性も失われてしまうことから、導波路を介して離れたナノ共振器間の強結合を実現するためには、導波路部への光の散逸を抑えつつ共振器部に光を集中させた状態のままで、ナノ共振器間の光のやり取りを実現することが鍵となる。
これを実現するために詳細な理論的検討を行った結果、以下の2条件を満たす場合に、光ナノ共振器間の導波路を介した強結合が実現できることを解明した。
ここでTpは反射鏡C-D間の距離導波路中を光が伝搬するのに必要な時間。またτinは、(導波路が無限長の場合に)ナノ共振器から導波路へと光が漏れだしていくのに必要な時間(時定数)を示すものだ。従って、条件(1)はナノ共振器から導波路へと大部分の光が漏れ出してしまう時間よりも十分素早く導波路を伝搬することを表している。一方、θcは、(ナノ共振器に閉じ込められている周波数fcの光が)反射鏡C-D間だけ導波路中を伝搬する際の伝搬位相であり、mは任意の整数であるため、条件(2)は(ナノ共振器に閉じ込められている周波数fcの)光が導波路を一往復すると逆位相程度になることを表している。この2つの条件を満たす条件下では、一方のナノ共振器から光が一部漏れ出すと、その光は弱めあう干渉の効果によって導波路中に長時間とどまることができず、素早くどちらかの共振器に再び入ることになる。この過程はナノ共振器から導波路へと光が大部分漏れ出してしまう時間よりも十分素早く行われるため、導波路部に光蓄積することなくナノ共振器間で光のやりとりが生じるため、導波路を介した強結合共振器が実現できる。この2条件の内、特に条件(1)は導波路の長さに上限を与えることになるが、τinは容易に設計でき、かつ光は高速に伝搬できるため、大きく離れた共振器間でも十分に条件(1)を満たすことが可能となると計算された。
実際に確かめるために、2次元フォトニック結晶上で、導波路を介した強結合光ナノ共振器を設計し、電磁界シミュレーションを行った。Si基板上に空気孔を周期的に配置したフォトニック結晶構造に、孔を埋めることによる欠陥を導入し、共振器A、Bおよび導波路を形成したものでは、共振器間の距離は21μmとなったが、これは(媒質の有効屈折率を考慮すると、媒質内)波長の30倍程度に相当し、条件(1)および(2)を満たすよう、導波路の長さや共振器-導波路間の距離は適切に調整されている。最終的には、導波路内に蓄積される光エネルギーは共振器内のエネルギーの20分の1程度まで抑えられ、ナノ共振器部への強い光集中が保たれていることが確認された。この結果、波長より十分大きく離れたナノ共振器間においても、ナノ共振器部への強い光集中を維持したまま、導波路を介した強結合ナノ共振器が十分機能することが確認されたこととなった。
離れた共振器間の導波路を介した強結合のシミュレーション |
さらに、このシミュレーション結果を元に、実際に離れたナノ共振器間の強結合の実験が行われた。2つのマルチへテロ型光ナノ共振器A、Bを、波長の100倍以上離して配置し、その中間部に、部分反射鏡C、Dで両端を閉じた線欠陥導波路を配置した構造を採用。この構造に光パルスを入射し、共振器A、Bからの放射光振幅の時間発展を測定した結果、共振器間で光が周期的遷移している様子が観測された。
加えて研究チームでは、この強結合共振器の結合状態の動的制御を試みたという。用いた方法は、制御光パルスを照射し、励起された電子・正孔対による屈折率変化を利用する方法で、一例として、光が共振器Aに集中するタイミング(t=240ps)に共振器Bに制御光を照射した際の、両共振器からの放射光の時間発展を見ると、制御光照射以降、共振器Aに光がとどまり続ける現象が観測されたという。これは共振器Bに与えた屈折率変化により、共振周波数(すなわち閉じ込め可能な光の周波数)が変化したために、共振器Aの光が共振器Bに遷移できなくなったことによるもので、ここで興味深い点は、共振器Bから十分に離れた共振器Aに光が集中する状態で、空の共振器Bに屈折率変化を与えることによって、あたかも遠隔操作されたかのごとく共振器A内の光の振る舞いを制御できる点で、研究チームでは、このような光制御を利用することで、多様な光制御が実現でき、次世代の高機能光回路実現につながるのではないかとの期待を示している。