名古屋大学などの研究グループは、極紫外(EUV)光領域の強い光を受けた物質における新しい光吸収メカニズム(新しい光吸収経路の存在)を初めて明らかにしたと発表した。同成果は、名古屋大学の菱川明栄教授、新潟大学の彦坂泰正准教授、電気通信大学の森下亨助教、分子科学研究所の繁政英治准教授ならびに理化学研究所、高輝度光科学研究センター(JASRI)、台湾Fu-Jen Catholic大学などによるもので、米国物理学会誌「Physical Review Letters」(オンライン版)に掲載される。
近年の自由電子レーザー(FEL)技術の発展により、2012年3月に供用開始予定のSACLAに代表される自由電子レーザー施設で、極紫外(EUV)やX線領域で極めて強い光を発生できるようになった。これにより、例えば微細な物質の形状を原子レベルで直接観測し、構造を決定することが可能になると期待されているが、こうした極短波長の強い光を受けた物質のふるまいは、これまで研究が進められてきた可視や赤外領域の場合とは大きく異なると推測され、精密な物質構造決定の妨げとなる光吸収がどのように起こるのかという基礎的なことさえ十分に解明されていないのが現状である。
今回、研究グループは、極紫外FEL光の「ゆらぎ」を利用した精密計測と理論計算を行い、2つの電子が同時に励起されることによって複数の光子が同時に吸収される「多光子吸収過程」の効率が増大することを明らかにした。強い光を受けた物質において新しい光吸収過程を解明した今回の成果は、高強度EUV光やX線を利用する研究に重要な知見を与えるものになるという。
具体的には研究グループは多光子吸収がどのようにおこるのか、そのメカニズムを理解するために、SCSSからの高強度極紫外FEL光(波長51nm)を用いて実験を行った。光の吸収は原子や分子に含まれる電子の状態変化に対応するため、研究対象を2つの電子を持つヘリウム原子とし、光吸収によって飛び出した電子のエネルギーを磁気ボトル型光電子分光器を用いて精密に測定した。
その結果、放出された電子エネルギーの分布を表すスペクトルには、2つの光子の吸収および3つの光子の吸収によるピークが明瞭に観測され、これらのピークを比べてみた結果、3光子吸収のピークが2光子吸収によるものより20倍以上も大きいことが判明した。これにより、3光子が同時にヘリウム原子に衝突する頻度は、2光子が原子に衝突する場合に比べて小さいにも関わらず、3光子を使った光吸収の方がずっと起こりやすいことが示されたこととなった。
この現象は予想に反した結果であり、これを理解するために研究グループは、FEL光の「ゆらぎ」を利用したシングルショット光電子分光計測と詳細な理論計算を実施した。その結果、この3光子過程が2つの電子の状態が同時に変化した「2電子励起状態」への遷移に由来することを突き止めた。
通常、原子に含まれる多くの電子のうちの1つだけが光によって状態を変えられ、放出されるのに対して、この場合は2つの電子が動くことによって3つの光子を同時に吸収する過程を効率よく起こしていることとなる。
さらに研究グループは、3つの光子が2つの電子の状態変化にどのように使われているのかについても明らかにするため、研究を進めましたところ、3つの光子のうち、まず1つめの光子で、1s軌道にある2つの電子のうち1つが原子核から遠い準位(リュードベリ準位(主量子数n≈5))に移動し、次に原子核と強く結びついている残りの電子が2つの光子を使って主量子数N=3の準位に移動していることが判明した。
この結果は、極紫外域での多光子吸収では、これまで想定されてきたような1つの電子の状態が変化する経路だけではなく、複数の電子が変化する経路も重要であることを意味する。同様の多光子吸収の経路は、原子や分子のような単純な物質系に限らず、さまざまな物質においても同様に起こりうると推測されることから、2012年3月から供用開始予定のX線自由電子レーザー施設SACLAを利用した物質構造決定などの応用研究においても、重要な要素となり得る可能性を示すものであると研究グループでは指摘している。
また、今回の成果をもとに、今後SACLAを用いたナノ微粒子や、それより小さいタンパク質のような分子サイズの物質の構造決定や、薬の働く機構の原子レベルでの解明、さらには多光子吸収過程を積極的に利用することで、材料の微細加工などの応用分野の可能性を広げるなど、多方面への発展につながることが期待されるともしている。