東京大学などで構成される国際研究グループは、世界最高強度のミュー粒子ビームと新たに開発した素粒子測定器を用いて、標準理論を超える大統一理論などの新しい物理が予言する未知のミュー粒子崩壊を世界最高クラスの感度で探索することに成功したことを発表した。しかし結果は、その探索感度でも崩壊現象の発見には至らず、標準理論を超える新理論に対してこれまでにない厳しい制限が加えられることとなったと研究グループでは説明している。
同成果は、東京大学素粒子物理国際研究センターの森俊則教授、同大素粒子物理国際研究センターの大谷航准教授、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の三原智准教授などの国際研究グループによるもので、科学研究費補助金(文部科学省)特別推進研究「MEG実験 - レプトンフレーバーの破れから大統一理論へ」(研究代表者:森俊則、課題番号22000004)の他、スイス国立ポールシェラー研究所(PSI)、イタリア国立核物理学研究所(INFN)、米国エネルギー省(DOE DEFG02-91ER40679)の援助を受けて行われ、「Physical Review Letters(APS)」の9月30日号に掲載される予定。
大統一理論は素粒子に働く3種類の力(電磁気力、強い力、弱い力)が、宇宙初期の超高温状態では同じであったとする理論で、1980年代に小柴昌俊 東京大学特別栄誉教授がカミオカンデ実験を始めたのは大統一理論を検証するためであり、大統一理論は宇宙開闢期にインフレーションなどを通して宇宙の誕生に決定的な役割を果たしたと考えられてきた。その後、元々の大統一理論はカミオカンデ実験などにより否定されたが、同大も参加したCERN(欧州原子核研究機構)でのLEP実験(LHCの前身の加速器)の結果から、超対称を入れた新しい大統一理論の可能性が高まり注目を集めており、2010年より始まったLHCの実験では、ヒッグス粒子に加えて、超対称粒子の探索が重要な研究テーマの1つとなっている。
新しい大統一理論を検証するにはカミオカンデやスーパーカミオカンデ実験では十分でなく、電子の仲間であるミュー粒子やタウ粒子を使った実験が有効であることが、 1990年代後半に明らかにされている。 一方、スーパーカミオカンデで発見されたニュートリノ振動現象をより深く理解するためにも、ミュー粒子やタウ粒子の研究が重要であることが分かってきており、宇宙における粒子・反粒子の非対称性の理解にもつながる可能性があるとされており、現在、高エネルギー加速器研究機構(KEK)で建設が進められている電子・陽電子衝突型加速器「SuperKEKB」によるタウ粒子の研究に注目が集まっている。
超対称大統一理論によると、ミュー粒子は通常の崩壊方法に加えて、電子とガンマ線に壊れる、いわゆるμ→eγ(ミューイーガンマ)崩壊をすることが予言されているが、この崩壊は標準理論では禁止されており、今回の研究は、μ→eγ崩壊を超対称大統一理論が予想する10-12~10-13の崩壊確率(1兆~10兆に1つのミュー粒子がμ→eγ崩壊する)まで探索を行い、超対称大統一理論の証拠を掴もうとするもので、今回の発表は、その途中結果のもの(10-12の精度)となっている。
既存の素粒子測定器では超対称大統一理論が予想する崩壊確率を測定することは不可能であり、東大とKEK、早稲田大学は、共同研究により、ガンマ線を従来以上の精度で測定可能な世界最大級の液体キセノン測定器と、素早く大量の崩壊粒子をさばくための特殊な超伝導スペクトロメータを考案、開発した。
また、この研究に必要な毎秒3000万個以上のミュー粒子を生成できる加速器はスイス・ポールシェラー研究所(PSI)にしかないが、この実験提案がPSIに認められたことから、スイス・イタリア・ロシア・米国の研究グループも加わった国際共同実験「MEG(ミュー粒子稀崩壊探索実験)」として約60名の研究者が携わって研究が進められてきた。
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MEG実験の位置づけ(出典:2009年のICRRセミナー資料) |
スイス・ポールシェラー研究所(PSI)の保有する590MeV陽子サイクロトロン加速器は陽子電流2mA、出力1.2MWの世界最高性能を誇る(出典:2009年のICRRセミナー資料) |
今回は、2009年と2010年にそれぞれ1~2カ月実験を行って取得したデータを用いてμ→eγ崩壊を世界最高感度で探索することに成功した。しかし、この探索感度であっても、μ→eγ崩壊発見には至っておらず、この結果から、超対称大統一理論などの新理論の可能性に関してこれまでにない厳しい制限を加えることになったとの見方を研究グループでは示している。
LHCの実験でも超対称粒子はまだ見つかっておらず、今回の結果と合わせると、超対称理論に対する制限は非常に厳しいものとなるという。なお、MEG実験は現在も実験が継続されており、今後2年間にわたりミュー粒子の測定を行いつつ、実験感度の向上を図ることでμ→eγ崩壊の発見を目指すほか、測定器の改良により、崩壊分岐比感度を10-13の精度まで引き上げる研究も並行して進めていく予定としている。
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