理化学研究所は、銀の電極表面上に固定した1本の単層カーボンナノチューブ(SWCNT)に、量子ドットが6.42nmの間隔で規則正しく一次元配列することを発見し、その形成メカニズムを解明したことを発表した。

SWCNTは、炭素原子だけの単層からできた直径数nmの筒状の物質で、その独特な一次元構造や特異的な電子構造から、将来の高性能エレクトロニクス素子への応用が期待されており、SWCNTが発揮する量子効果により個々の電子を制御する機能は、単一電子で作動するトランジスタなどのエレクトロニクス素子を実現できると注目されている。

研究チームは、溶媒を使わず、SWCNT粉末を電極表面に直接吹き付ける「乾式接触法」を適用。具体的には10-8Torrの高真空かつクリーンな環境下で、銀の単結晶電極表面に1本のSWCNTを蒸着して固定化することに成功した。これにより、原子レベルで清浄な試料作製が可能な上、電極表面には化学的に不活性な単結晶の面を使わなくてはならない、という制限が無くなり、さまざまな電極材料の任意の表面上にSWCNTを直接接合し、電子状態などの物性を原子レベルで評価することができるようになった。

乾式接触法で固定した1本のSWCNTの真ん中部分を、長さ方向に沿って高さを測定したところ、山と谷が6.42nmの間隔で周期的に配列していることが確認された。

極上に固定化したSWCNTの様子(aは「乾式接触法」により真空下で、清浄な銀の電極表面に固定したSWCNT。bはSWCNTの中心部分を長さ方向に沿って測定した高さの情報。山と谷との高さの差は約9pm、山と山との間隔は6.42nm。cはaの黒い線に沿って測定した走査トンネルスペクトル)

また、STMを用いて電気伝導特性を調べると、伝導帯と価電子帯のバンドギャップが一定に維持されるとともに、伝導帯と価電子帯の両方が、高さの周期と同調して波模様を形成することが観察された。これは、約40年前に江崎玲於奈博士が予測した通り、一次元物質のバンド構造は周期的に制御することが可能であることを意味しており、同博士のモデルでは、SWCNTのような一次元物質に、局所的に電子が集まる構造(量子ドット)を作ることができると、今回観測したような波模様のバンド構造が得られる、と提案していた。

SWCNTのような1次元物質に局所的に電子が集まる構造(量子ドットの規則的な形成によりバンドギャップが一定に保たれながら変調する様子が示されている)

さらに、銀の電極と結合させた1周期分の長さのSWCNTをSTMで観察すると、SWCNTの直径は6.08Åで、SWCNTと電極表面の銀原子の配列の右上の挿入図の角度は16°で固定されていることが判明した。加えて、SWCNTの底面の炭素原子が電極表面に対してどのような配列をしているのかを示す模式図と見比べると、SWCNTの波模様の形状の周期性は、電極表面の銀原子の配列とSWCNTの炭素原子の格子配列の周期がお互いに異なり、格子の整合性が6.42nm間隔で一致することに起因することが明らかとなった。これは、SWCNTと電極表面との電子的相互作用の違いが、原子レベルの空間分解能を持って局所的に存在し、その結果量子ドットが周期的に形成されたことを意味しており、この一次元的に形成される量子ドットの間隔は、SWCNTの対称性や、電極表面の原子との相対的な角度を変えることで、制御することができるという。

SWCNTの周期的な構造の様子(aは1周期分の長さのSWCNTの原子レベルの高解像度STM像。bはSWCNTの炭素原子(黒丸)が基板表面の銀原子(白丸)と接触している様子を調べるために、SWCNTを展開した模式図。基板表面と相互作用を持つSWCNTの炭素リング部分(黄色)のうち、基板に一番近い炭素リング(赤丸)に着目すると、6.42nmの周期が説明できるようになる)

なお、今回の研究結果は、SWCNTと電極表面との局所的相互作用により、量子ドットを規則正しく形成できることが明らかにされた。すでに研究チームは、絶縁体上にSWCNTを直接固定することにも成功しており、今回の成果と併せて、次世代のエレクトロニクス素子開発のための主要な要素技術を確立したこととなるとしており、今後、SWCNTを用いた単一電子トランジスタや量子コンピュータなど、量子効果に基づいた次世代エレクトロニクス素子の開発に向け、新たな指針を与えることが期待されるとしている。