インターネット越しの買い物に不信感を持たれていた時代はとうに過ぎ去り、E コマースは隆盛を続けています。近年ではオンラインだけでなく、リアル店舗への進出も試みられるようになりました。こうした状況下で、既存のリテール業界は大きな変革を求められています。

変革の手段のひとつは、最先端テクノロジーの体得です。一般社団法人リテールAI研究会では、AI 技術を使いこなすことによって、現実の店舗の「売り場」をまったく新しいものにするような取り組みが進められています。

リテールAI研究会に加盟している伊藤忠食品株式会社は、九州地方の海産乾物の売上げデータを細やかに分析することによって、売場に隠れていた機会と課題を見つけ出しました。また、ユニ・チャーム株式会社は ID-POS を使って「顧客軸での商品の絞り込み」という、これまでにないアプローチをしています。

こうした各社の AI 活用を支えているのが、Microsoft の提供する Azure Databricks です。これはひと握りの専門家でなくともビッグデータ分析を可能とする、クラウドベースのサービスです。Azure Databricks を駆使することでもたらされた知見が今、我々の身近な店舗を変えつつあります。

複雑さを増すビッグデータから、隠れたトレンドをどう発掘するか

リテール業界における従来のマーケティングで、最も重要な情報源は POS データでした。レジを通して、何の商品がいつ、どれだけ、いくらで売れたのかを知り、売れていない場合はその原因を推測し、対策を講じていました。従来は「商品」を切り口にした分析が主流であったといえます。

しかし近年は、商品ではなく「顧客」を軸にした分析が注目されています。どんな年齢層に好まれているのか。どの段階で他社の製品に切り替えてしまったのか。過去どんな商品を買った人が、次に何を買っているのか。ポイントカードによって販売データと個人を紐付けた「 ID-POS データ」の登場で、こうした分析が可能となりました。しかしそれは、より複雑な分析手法が必要になったということでもあります。

ベビーケア、ヘルスケア、フェミニンケアなどの生活消費財を全世界で販売するユニ・チャームは、2017 年 4 月にショッパーマーケティング統括部を立ち上げ、従来のブランド マーケティングだけでなく、ショッパーの購買行動に主眼を置いたショッパー マーケティングに力を入れることを決断しました。創業 120 年になる酒類・食品の総合卸である伊藤忠食品もまた「デジタル テクノロジーによる売場活性化」を近年の重要テーマとしています。そんな両社は、リテールAI研究会の発足時からの会員企業です。

このリテールAI研究会は AI に関する情報の共有と実践を目的とし、2017 年に発足しました。現在は AI 活用のための人材育成を中心に活動しており、加盟企業は 200 社を超えています。

伊藤忠食品 営業企画本部 営業企画部 リテールサポート第一チーム 主任 衛藤 雄介 氏は、リテールAI研究会への期待についてこう振り返ります。

「私たちのお取引先は全国 1,000 企業にも上り、すべての売場を歩いて調査することは困難です。既存の分析手法では現場の課題をすくい取れないことも多くありました。新しい手法を身に付けることで、新しいトレンドを発掘できるようになることを期待したのです」(衛藤 氏)。

また、ユニ・チャーム株式会社 ショッパーマーケティング統括部マネージャー 石井 浩雅 氏は、分析力の強化は喫緊の課題であったと言います。

「我々のようなメーカーは、小売からデータをお借りする立場です。そのデータをマーケティングに役立てるわけですが、他社も同じデータを使っているため、分析力はそのまま競争力に直結します。分析力を高めていかねばならないという危機感がありました」(石井 氏)。

リテールAI研究会の 1 年目は、外部スピーカーを招いて AI 活用事例を学ぶなど、座学を中心としていました。しかし、単に勉強で終わらせるのではなく、ビジネスに活かすことが研究会の目的です。AI によるビッグデータ解析を、どのように各社の事情に落とし込んでいけばいいのか。そんなときに登場したのが、Microsoft の Azure Databricks です。

Azure Databricksによって、GUIベースでの機械学習による分析が可能に

2018 年に提供を開始した Azure Databricks は、Apache Spark をベースにしたオールインワンの分析サービスです。データの準備から ETL 処理、分析モデルのトレーニング、デプロイまでのすべてをクラウド上で行えます。

リテールAI研究会 テクニカルアドバイザー 今村 修一郎 氏は、リリース当初から Azure Databricks に注目していたと言います。

「私はふだん Spark を使っていますが、この分析環境を知識ゼロから構築してもらうのはハードルが高いと感じていました。その点、Azure Databricks は GUI ベースで SQL と機械学習を扱うことができます。これは非常に魅力的でした。極端にいうと『初心者に渡してもすぐに使いこなせる』ツールだと思ったのです。それからほどなくして日本マイクロソフトの担当者とお会いしたのですが『 AI 人材を育成したい。事例を作っていきたい』という志がリテールAI研究会と合致し、協同していらだくこととなりました」(今村 氏)。

  • 左から、伊藤忠食品株式会社  衛藤 雄介 氏、ユニ・チャーム株式会社 石井 浩雅 氏、一般社団法人リテールAI研究会  今村 修一郎 氏

    左から、伊藤忠食品株式会社 営業企画本部 営業企画部 リテールサポート第一チーム 主任 衛藤 雄介 氏、ユニ・チャーム株式会社ショッパーマーケティング統括部マネージャー 石井 浩雅 氏、一般社団法人リテールAI研究会 テクニカルアドバイザー 今村 修一郎 氏

Azure Databricks によって始まったデータ分析の実践は、試行錯誤の連続でもありました。消費者の目に届かず、ただの分析で終わってしまうことも多かったと今村 氏は言います。

「たとえば、アイスとフルーツを売場で並べたら魅力が増すのではと考えて、あれこれ分析したことがありました。でも実際は、冷蔵商品と冷凍商品を近くに並べるには手間がかかりますし、一緒に食べてもそれほど美味しくありません。ただデータ分析をするのではなく、店頭のどの部分に変化をもたらすのか? それは実現可能なのか? などの出口をあらかじめ考えてから POC(概念実証)に取り組むことが重要だと気付きました」(今村 氏)。

分析結果によって、小売業の抱えていた課題に大きく切り込む

伊藤忠食品が Azure Databricks によって実施したのは「協調フィルタリング」による地域別棚割の検証でした。

協調フィルタリングとは、蓄積したユーザーのデータから嗜好の類似によって推論を行う方法です。たとえば「海藻サラダとラーメンの具を買った人は、めかぶ茶漬けも買う傾向にある」といったことが見えてきます。

九州地方を北・南・西・海沿い・内陸に分けて、協調フィルタリングで分析したところ、面白い結果が浮かび上がりました。北九州は「わかめ・ひじき」の売れ行きが大きく、西九州は「昆布」、南九州では「かつお節」が人気など、明らかに地域性があったのです。さらに、各地域において「購入見込みが高いにも関わらず、買われなかった商品」が存在することもわかりました。

「ポテンシャルが高いにも関わらず、なぜその商品は売れなかったのでしょうか? 深掘りしたところ『そもそも店舗で扱っていなかった』『棚のわかりづらいところに置いてあった』といった原因が明らかになりました。ここまでくれば、地域ごとにどのような陳列にするのが適しているのか、具体的な売場改善の提案が可能になります。2019 年 10 月から実証実験が始まるのですが、どんな結果が出るか楽しみです」(衛藤 氏)。

  • 九州地方を北・南・西・海沿い・内陸に分け、協調フィルタリングによる分析を行った

    九州地方を北・南・西・海沿い・内陸に分け、協調フィルタリングによる分析を行った

一方、ユニ・チャームは既に Azure Databricks を用いてさまざまな実証実験を行っていますが、その成果のひとつは「クラスタリング」による商品の絞り込みによって生まれました。

もともと同社には「生理用品のコーナーは見分けの付きづらい商品が並んでいて、選びにくいのではないか」という問題意識がありました。観察していると、1 分ほど悩んでいるショッパーもいます。

クラスタリングとは「似ているものを同じグループにまとめる」という分析手法です。似ている、つまり代替可能な商品「 A 」と「 A' 」があり、「 A’」がなくても代わりに商品「 A 」を買ってもらえるなら「 A’」は絞り込み可能な商品といえますし、商品「 A 」だけを置けば棚はすっきりと見やすくなります。ただし、代替不可能な商品「 B 」まで除くと顧客が離れてしまうため、それには見極めが必要です。

品数を減らすことには、もうひとつ大きなメリットがありました。それは「商品補充の手間が削減できる」ことです。慢性的な人手不足の中、膨大な商品を常に補充し続けることはひどく困難です。

クラスタリング分析によって、生理用品の棚に並ぶ商品を 97 種類から 75 種類に絞り込む実証実験が 2018 年 7 月に実施されました。結果は、売上げ・利益は同等以上でありながら、購入時間は 4 割削減、さらに欠品率は 2.3% から 0.35% へと目に見えて品切れの数を減らすことができました。

「どんな店舗であれ、なるべくたくさんの商品を置きたいというのは当然の感覚です。しかし、ロングテールでは EC サイトが圧倒的に上です。店舗では死に筋の商品まで一緒に置くと選びにくくなりますし、補充も満足にできません。かといって、どの商品を減らせばいいかわからない。これが小売業の抱える大きな問題でした。今回の成功によって『商品数を絞り込む』という、小売業にとってのジレンマの解消に繋がる提案ができるようになったのです」(石井 氏)。

  • 生理用品の棚に並ぶ商品を対象に、クラスタリングによる商品の絞り込みを行った

    生理用品の棚に並ぶ商品を対象に、クラスタリングによる商品の絞り込みを行った

さらなるデータ分析によって、実務に結びついた事例を創造していく

実証実験から実践のステージへと、リテールAI研究会は実店舗に変革をもたらしつつあります。今村 氏は、今後さらなるユースケースを作っていきたいと語ります。

「 Azure Databricks では、グラフベースのレコメンドや自然言語処理など、ほかにもできることが山ほどありますから、ビジネスに結びつく事例を今後も作っていきたいと思っています。一般消費者にとっては難しい分析など関係なく、ほしい商品がほしい値段であればいいのですが、すべての人にそれを尋ねることはできません。だからこそ、新しいテクノロジーをフル活用して少しでもリアルな声に近付くことが必要なのです」(今村 氏)。

ポイントカードの登場によって、POS から ID-POS へとデータが進化したように、近年は AI カメラやタブレットカートなどによって、店舗から得られる情報はさらに増えています。

入店者の行動を映像によって解析すれば、店舗内のどのエリアが人気なのか、あるいはどこで滞留するのかがわかります。ショッピングカートにデバイスを取り付けることで、どんな順番で商品をカートに入れたのか、あるいは買うのをやめたのか、といったことも時系列で明らかになります。こうしたデータを読み解くためには、AI による分析が必要不可欠です。

最初から目的があって購入する EC サイトと比べると、リアル店舗は現場を歩きながら買っていく探索型といわれています。顧客と商品に新たな出会いをもたらす場こそが、店舗なのです。伊藤忠食品やユニ・チャームをはじめとするリテールAI研究会の取り組みは、これからも「買い物」という行動に新たな体験価値を付与していくことでしょう。

  • 左から、伊藤忠食品株式会社  衛藤 雄介 氏、ユニ・チャーム株式会社 石井 浩雅 氏、一般社団法人リテールAI研究会  今村 修一郎 氏

[PR]提供:日本マイクロソフト