オバマ政権第二期の就任演説、米国内の注目度は絶大

1976年、米国は現職のフォード大統領と民主党のカーター候補が大統領選にのぞんでいました。当時私は米国の小学校に通い始めたばかりでしたが、大統領選挙の当日は通常の授業は全てなし、一日中大領選の行方について、多分それぞれの候補者の政策なども踏まえて、クラスで延々と話をしていました。黒板にはフォードとカーター両氏の名前が書かれ、生徒が話をする過程で、私はフォード、僕はカーターと支持が変わるたびに先生が人数を書き換えていき、最終的にどちらの得票数がこのクラスで多かったか、%での計算を出していました。

英語がさっぱりわからない私は途中一言も発することも出来なかったわけですが、先生が最後にあなたはどちらに入れる? と尋ねてくれました。当然、黒板に書かれた文字が、どちらがフォードでどちらがカーターかもわかりません。そもそもそれが誰なのかも、どういう人となりかもわかりません。ただ理解できたのは、大統領選というのは米国国民の隅々まで、選挙権もない政治に関係ないと思われる小学生までをも真摯な議論に巻き込む大変な選挙なのだ、ということでした。

こうした老若男女の熱い議論を経て昨年も大統領選挙が行われ、バラク・オバマ大統領が再選を果たしました。したがって、その大統領がいざ就任となれば、米国民は一斉にその一挙手一投足を見守るわけです。当然、第一声である就任式演説にも注目が集まります。

オバマ政権第二期の就任演説は1月21日の日本時間の夜中に行われました。第一期目に就任演説に集まった人数に比べて今回は激減、というような内容を伝えていた日本のメディアもありましたが、演説の内容はこれから米国が進んで行こうとする方向を示すものですから、米国内の注目度は絶大です。米国の経済政策を考える上での指針にもなります。

「格差の是正」「弱者への配慮」「米国主導のエネルギー戦略」を訴え

今回の内容ですが、登場した順番にしたがってテーマ別に列挙していくと、まずは導入の部分で教育や雇用の重要性を説いた上での"A decade of war is now ending. An economic recovery has begun. (戦争の10年は終わろうとしている。経済復興が始まったのだ。)"という箇所が印象的でした。上記の英語サイトをご覧になるとわかると思いますが(Applause)と後に続いています。拍手と歓声が沸きあがった部分にはこの注釈が入るのですが、この文のあとにも当然のことながら入っています。米国は景気の最悪期を脱し、上向きになっていることを大統領が宣言したことは大変重要なポイントでしょう。サブプライム危機の影響で…などと言っている時は終わったということです。

メーンの部分に入ってきて、まず取り上げていたのが格差の是正についてです。特に中間層の復活については、豊かな生活を送る人数がどんどん減り、ギリギリの生活を送る人が増える状況で米国が成功することはない、中間層の隆盛の上に米国の繁栄があると明言しています。この辺りは是非、日本のトップにもおっしゃっていただきたいことです。

次に登場したのが社会保障ですが、政府債務の削減には留意しながら、公共投資や医療への支出継続は難しい選択であるとしながらも、それでも高齢者世代をいたわるのか、あるいは未来の世代に投資するかを選択すべきという意見には反対と、より柔軟な対応を求めています。誰もがやがては老いを迎え社会的弱者になるのはわかっていることです。また不慮の事故によってハンディキャップを背負う、災害に遭遇して弱者の立場になる、これは誰にでも起こりうることだからこそ、弱者も生きやすい社会基盤と整えようと訴える姿勢には共感を覚えます。弱者が生きやすい社会が結局は誰もが生きやすい社会に通じるはずです。

そこからさらに話は気候変動に言及し、将来世代への責任を踏まえた上で、持続可能エネルギーについて話を進めています。2009年就任演説の際のエネルギー戦略は観念的だったのに比べて、今回は米国が主導的な役割を担うべき、新規雇用や新産業を創出する技術を他国に譲ることはできない、と非常に強い姿勢がうかがえます。各国に先んじてエネルギー戦略を展開する、その背景にはシェール・エネルギーの存在を強く意識したものと思われます。ここ数年の間に米国は世界一の産油国になる、というニュースが大統領選前後に一斉に米国の主要メディアで流され、今やすっかりブームの様相を呈しています。実際、シェール・エネルギーによって新しいビジネス・チャンスが生まれるとして、人もお金も動き出しています。米国経済の牽引役となること、それを大統領自身が述べていることになります。

中国の民主化も視野、"弱者政策"で銃規制にも踏み込む

対外戦略という点では、アフガンを意識してのことでしょう、永久に続く戦争は必要ではないとしていました。アジア・アフリカ・中東の民主化支持というのは目新しい話題ではありませんが、その延長線上には具体的に、中国の民主化が視野に入っているのだろう、ということも想像できます。

そして、最後の部分で弱者政策を訴えています。実は演説の中で"Our journey is not complete until~(我々の旅は~するまで終わらない)"というフレーズが5回登場するのですが、その5回が使われたのがこの弱者政策の部分です。何度も同じフレーズを繰り返すことで、聴衆にインパクトを与える効果は大きいでしょう。その5つに選ばれたトピックが、「女性の機会均等」「同性愛者の地位の確立」「参政権の保有」「移民受け入れ」「子供の安全」です。5つ目の子供の安全については2012年に銃の乱射事件があった「ニュータウン」や「アパラチア」の地名を上げたことで、銃規制に踏み込んだ発言と受け止められます。史上初めて就任演説で同性愛者の権利に触れたことも話題となっていました。

ガソリン価格の高騰が日本経済の脅威に--再生可能エネルギーに今こそ資本を

最後に党派対立する議会への協力を要請してまとめに入るという形でしたが、国際金融・経済という側面からみると、持続可能エネルギーの推進について、その立場を各国に譲るわけにはいかないという主張に注目します。米国経済の復活のカギとなっているのは間違いありません。

その一方で我が国を眺めれば、震災以降エネルギー資源の輸入を増やさなければならないような状況のなかで、円安が進んでいます。ガソリン価格の高騰が直接国民経済を脅かすリスクについては以前のコラムでも触れましたが、それが現実のものとなってきました。

日本にも地熱・風力・太陽光・メタンハイドレートなどのエネルギー資源の可能性があります。米国でさえも自国産のエネルギー資源で経済の再生を図ろうとしているのですから、他国に依存するばかりでなく、自給自足できるような再生可能エネルギーの分野に今こそ資本を投下する。世界の流れに遅れを取らないように日本も行動を起こしてもらいたいものです。

執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント・経済評論家・大坂経済大学 経営学部 客員教授。1991年より日・加・豪の金融機関にてヴァイス・プレジデントとして外国為替、短期金融市場取引を中心にトレーディング業務に従事。銀行在職中、青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程修了。日本経済新聞社発行のニューズレターに7年間、為替見通しを執筆。国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに選出。主な著書に『新・マネー敗戦』(文春新書)、『マネーの動きで見抜く国際情勢』(PHPビジネス新書)、『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』(集英社)、『世界のお金は日本を目指す~日本経済が破綻しないこれだけの理由~』(徳間書店)などがある。