VR Sticker shock: How Oculus failed to prepare the world for a $599 Rift」 ―― これは、米Oculus VRが公表したVR(拡張現実)ヘッドマウントディスプレイ「Oculus Rift」製品版の価格に対するArs Technicaの記事である。

Sticker shock(値札ショック)とは高い表示価格に驚かされたことをあらわすスラングだ。2014年の9月に、Oculus創業者のPalmer Lucky氏がメインストリーム向けには350ドルぐらいが価格のターゲットになると発言していたこともあって、599ドルという価格がRiftに対する期待に冷や水を浴びせる形になってしまった。

Oculus Rift製品版のパッケージには、Rift本体に加えて、位置を認識するセンサー、Xbox Oneコントローラー、Oculus Remoteなどが同梱される

350ドルは一般普及を促せる価格であり、製品版とはいえ、Riftはまだアーリーアダプター向けである。話題になっているとは言っても、その市場はまだ小さい。ただ、Riftに関心を持つ人たちにとっても、599ドルは割高な印象であるようだ。ArsがTwitterを通じて行った「Over under on the consumer Rift at launch: $500」という世論調査では、1,000件近い投票で「500ドル以上(40%)」と「500ドル以下(41%)」がほぼ同数。Arsは19%が「ちょうど良い」とした500ドルを回答者の"平均予想"としている。中には、ソニーが米国でPlayStation 3を発売した時に、同社が未来への投資を訴えて599ドル(60GBモデル)に設定し、そして失敗した前例に重ねて「599ドル・ショック再び」とあてこする人もいる。

RedditのAMA(質問ある?)に登場したLuckey氏は、過去に「おおよそ350ドル」と述べて誤解を生んだことを謝罪した。当時はRiftとPCを合わせて1,500ドル程度としていたのを、Rift本体が1,500ドルと報じるメディアが少なくなかったそうだ。そうした誤解を解くために、開発者カンファレンスOculus Connectでおおよその数字を示したが、今度は350ドルが具体的な価格として一人歩きしてしまった。

Riftは高すぎるのだろうか? OculusがFacebookに買収される前は1,000ドル超えを予想する声もあったので、その頃を思えば手に入れやすい価格に落ち着いた印象である。Facebookの支援を受けているのだから、市場を奪うために利益度外視で500ドル以下に設定する戦略も不可能ではなかったかもしれない。だが、たとえRiftが500ドル以下になったとしても、今日のグラフィックスでRiftのVR体験を実現するには高価なゲーマー向けPCを揃えなければならない。優れたVR体験を追求する限り、Riftの市場は限られるし、VR体験を妥協しては、それはRiftではなくなってしまう。

気になるのは、Riftの599ドルという価格がVR市場の立ち上がりにどのような影響を及ぼすかだ。Digg、Revision3、Milkなどの創業に関わり、Google Ventureのアドバイザーを務めるKevin Rose氏の「2016年、5つのテック予測」が今年の元旦に話題になった。その中で、同氏は真っ先にVRの失速を予想しているのだ。VRの新鮮な体験は話題になるものの、一般に普及させるだけのゲームを超えたコンテンツが揃い、誰もが簡単に使えるようにならないとニワトリとタマゴに陥ってしまうと指摘している。現状では、Wiiコントローラや3DTVのような末路をたどると見ている。だから、Rose氏は「VR分野のハイプを信じないし、投資は避ける」と述べている。

Rose氏の指摘は的を射ているが、見方を変えると、十分なタマゴが供給されれば、VRはゲーマーからメインストリームに広がっていく可能性があるということだ。CES 2016におけるThe VergeのインタビューでLuckey氏は、次のように述べている。

ソニーはPlayStation 4市場に集中している。ハイエンドPCとRiftの購入に踏み切る人は限られると思うし、多くの人が代わりにPlayStation VRを選択するだろう。正直に言うと、PlayStationを持っていたら、Riftに投資せずに、そうするのが自然だと思う。Riftに投資するのはより素晴らしい体験を求めて、そこにお金をかけることを厭わない人たちだ。でも、そんな人たちの市場はそれほど大きくはない。つまり、今はまだ市場を奪い合うようなゼロサム・ゲームではなく、本当の意味で競争は起きていない。VRを手がける全てが協力して、人々のVRに対する理解を変えようとしている段階である


まずはVR市場という基盤が築かれなければ、VRが一時的なハイプで終わってしまうことをよく分かっている。昨今のVRが刺激的なのは、2年前にはほとんど何もなかったような状態からOculusが話題を呼び、そしてゲームーメーカー、他のハードウエアメーカーやIT企業も巻き込んでVRで社会を変えようという大きな力が芽生えているからだ。

Oculusは優れたVR体験を追求し、ソニーはPlayStation 4からVR体験を広めようとしている。GoogleはCardboardで、スマートフォンを使った簡単なものではあるが、わずかなコストでVR体験を実現している。今、重要なのはより多くの人に実際にVRを体験してもらうことである。だから、どのVRデバイスを使用したとしても、VRを体験する人が増えることは、これからVR市場が繁栄する礎になり、それは今日VRに関わる全てのメーカーや開発者、そしてゲーマーやコンテンツを消費する全ての人の利益につながる。

段ボール紙で自作できるVRHMD「Google Cardboard」

2016年がVR元年になるかは分からない。正直なところ、もっと長い時間がかかるように思う。でも、昨年からのVRHMDメーカーや、VR向けのゲームやプログラムを開発するメーカーの前向きな取り組みを見ていると、市場の成長が十分に期待できるだけのタマゴが育まれているように思うのだ。