10月22日のメディア向けイベントでAppleはiWorkとiLifeの新版を発表した。
何が変わったと聞かれたら、多くの人が実質無料を挙げると思う。イベントでAppleは"無料"を特に強調していたし、OS X Mavericksの無償アップグレードを含めて無料が今回のイベントの最大のサプライズだったと思う。一方、iWorkやiLifeの機能やユーザーインタフェスの変更については「全てを紹介する時間はない」ということで、いくつかデモを行っただけだった。だから、発表会を見ていた時は、それほど変化していないのだろうと思った。ところが、実際に使ってみて驚いた。iWorkとiMovieは見た目ががらりと変わり、特にiWorkは再スタートと呼べるようなアップグレードである。
無料の話題で霞んでしまっているが、iWorkはただ実質無料になったのではない。過去にAppleが光学式ドライブやiOSでのFlashサポートを省いてユーザーに前進を強いたような劇的な変化を伴う実質無料である。
最新のiWorkにパワーユーザーは失望
新しいiWork (以下iWork 13)は機能が絞り込まれ、インスペタが設定・フォーマットに統合されて見た目同様に操作もシンプルになった。ちなみにiWork 13に取り込んだ過去のiWorkファイルやiWork 13で新たに作成したファイルは、従来のiWorkで開くことはできない。iWork 09向けに書き出す必要がある。
この変化にiWorkのパワーユーザーは「dumbing down (機能低下)」と失望を露わにしている。
例えば、Computerworldが「Free iWork upgrade angers Mac users (無料アップグレードのiWorkにMacユーザー激怒)」という記事を掲載している。タイトルからだと「これまで金銭を支払ってサポートしてきたのに無料化かよ!」とユーザーが怒っているように読めるが、無料化の影響で極端にシンプルになり、上級者向けの機能が省かれたことをユーザーが怒っているという内容だ。
スプレッドシートのNumbersからAppleScriptのディクショナリーが消え、ワープロのPagesではAppleScriptサポートの大半が除かれた……こうしたパワーユーザーの不満をアプリ開発者のMichael Tsai氏がブログにまとめているが、iWorkの使いこなしにこだわって使ってきたユーザーの怒りは相当なものだ。BetalogueのPierre Igot氏は「An unmitigated disaster (紛れもない失敗作)」と断言している。それぐらい、iWork 13はシンプルに変貌した。
しかし、上級者向けの機能が盛り込まれたソフトが、必ずしも良いソフトとは限らない。ユーザーのニーズに応えられたら十分であり、iWorkの上級者向け機能の排除はAppleによるリセットだと指摘する声もある。
TechCrunchのMatthew Panzarino氏は「With iWork, Apple Walks It Back Before Moving Forward (iWorkでAppleは前進する前に一歩後退した)」と、2011年のFinal Cut Pro Xの刷新を例に挙げて、これからの進化に注目すべきだとしている。Final Cut Pro Xは初登場時に「iMovie化」とプロユーザーに非難され、そのときも「dumbing down」と言われた。しかし、Appleは一度簡素化してポストPC時代のMacに適した土台を作った上で、改めてプロユーザー向けの機能を追加している。
John Gruber氏はFinal Cut Pro Xではなく、「iWork 13 is the New iMovie 08 (iWork 13は新しいiMovie 08だ)」としている。iMovie 08で、Appleは編集タイムラインを省いて、ユーザーがより直観的に動画を編集できるようにした。これまた初登場時は「編集ツールとして退化した」と批判されたが、そのシンプルな操作性は結果的に、すばやく動画を編集できるツールとしてごく普通のMacユーザーに動画編集を広めた。Gruber氏は「Appleは機能よりもシンプリシティの価値を重んじる」と述べている。
iWork 13が「Appleによるリセットである」というのは的を射ていると思う。しかし、iMovie 08ほど動画編集のハードルを一気に下げるようなラジカルな変化ではない。美しいドキュメントを簡単にすばやく作成できるツールとして、iWorkはNumbersが加わった2007年頃にはプロダクティビティスイーツの"for the rest of us"となるスタイルを確立していた。今のiWorkは2007年当時のiMovieほど、一般ユーザーに広めるためにシンプルになる必要はない。では、なぜAppleはiWorkをこれほどシンプルなものに変えたのだろうか。
iWork 13の最大のポイントは、MacとiOSデバイス、Web版 (iWork for iCloud beta)でシームレスにファイルを扱えることだ。それを実現するために、従来のファイル形式との互換性が断ち切ったのだろう。また新しいMac版のユーザインタフェースにはiOS版との共通点があり、使っているとMac版とiOS版を等しく扱おうとしているのが伝わってくる。
iWorkを含めて、これまでプロダクティビティソフトはパソコンで使うツールであり、タブレットやスマートフォンはファイルの確認やちょっとした編集に使う程度だった。だから、デスクトップ版に比べてモバイル版やWeb版で使用できる機能は限られる。それをAppleは統合的なファイル形式で、どの環境でも同じように使用できるようにしようとしている。
モバイルアプリの影響を受けたシンプルなデスクトップ版のプロダクティビティソフトを見て、鼻で笑う人もいると思う。しかし、「はじめにデスクトップありき」がいつまで通用するだろうか。筆者は今、MacのテキストエディタにBywordを使用しているが、クラウド経由でファイルを同期でき、そしてMacとiPadで同じように使えるという条件でBywordが最も快適だったからだ。Macに限れば、Byword以上のエディタは存在する。でも、どんなに使いやすくて機能的でも、Macでしかフル機能を使えないエディタに戻ろうとは思わない。こうした傾向はさらに強まると思う。
AppleはiWorkのパワーユーザーをないがしろにしているのではない。iOSやWebでも同じように快適に使用できるなら、パワーユーザ向けの機能を復活させるだろう。でも、今はMac版とiOS版、Web版を等しく機能させる基盤作りを優先して、パワーユーザーには我慢を強いている。
また、iWorkはOfficeからシェアを奪うために無料化されたのではない。クラウドをハブにMacとiOSデバイスとブラウザで、同じように使えるのがAppleの考える使用体験である。Mac版でしか使えなかったり、ユーザーがiOS版しか持っていなかったら魅力も機能も激減だ。すべてのデバイスでシームレスに使えることが肝要であり、だから今後iWorkとiLifeを全ての新しいMacとiOSデバイスにプリンストールするのだ。