iOS 7がリリースされて、米国でAppleの無料音楽ストリーミングサービス「iTunes Radio」を使えるようになった。日本ではサービスが提供されていないので、その存在を知らない方も多いと思う。PC時代に音楽市場を制したAppleが、PandoraやSpotifyなどポストPC時代に成長してきた音楽サービスを意識して投入した新サービスだ。使ってみた第一印象は良くなかった。正直「面白味に欠ける」と思った。でも、なんだか身近に感じられる。ある意味、本当にラジオなのだ。

iTunes Radioには、パソコンではiTunesの[ミュージック]の[ラジオ]から、iOSデバイスではミュージック・アプリの[ラジオ]からアクセスする。「iTunes Top 100」「The Beatles Radio」「ゲストDJ:Diplo」「Jazz Showcase」など、「注目のステーション」という23のプリセットされたステーションが用意されている。または「マイステーション」というカスタムステーションを作る。作成は簡単だ。アーティスト、曲、またはジャンルを入力するだけ。例えば、AppleのiPhone発表会で音楽ゲストだった"Elvis Costello"で作成したマイステーション(Elvis Costello Radio)では、Vampire Weekend/Vampire Weekend、Gabriel Rios/Broad Daylight、Spoon/Ga Ga Ga Ga Gaなどがかかった。エルビス・コステロを好きな人が好みそうな曲がかかるのだ(コステロの曲もかかる)。

MiTunes Radioで"Elvis Costello"をキーワードに作成したマイステーション

マイステーションは「ヒット」「バラエティ」「発掘(Dicovery)」のいずれかを選んで調整できる。ヒットだとシングルカットされてヒットした曲が多く、発掘だと新しい音楽の発見につながるような意外性のある選曲になる。例えば、Elvis Costello Radioで発掘にすると、エイミー・ワインハウスの隠れた名曲「Valerie」(シングル「Back to Black」のB面)がかかったりする。「おっ!」と感嘆することがしばしばだ。1つのステーションで1時間に6曲までスキップ可能。再生した曲は履歴で確認でき、各曲のとなりにある価格ボタンを押すと直接iTunes Storeから購入できる。広告付きで全て無料で使用でき、iTunes Matchの契約者は広告なしで楽しめる。

以上である。これで全てだ。Pandoraのコピーじゃないかと思った方もいるかと思う。筆者もそう思った。しかも、Pandoraの方が機能が豊富だ。歌詞は表示されないし、iTunes Storeに移動しないとアーティスト情報も確認できない。Spotifyのようにオンデマンドで聞いたり、音楽データをオフライン用にキャッシュすることもできない。後発なのに新味がなく、PandoraやSpotifyから乗り換えさせるような魅力が見当たらない。そう思った人が多かったのか、iTunes Radioが始まってからPandora株が上昇し始めた……。

ところが、ちょっと時間が空いた時とか、自分のライブラリの曲を再生するのに飽きた時などに、iTunes Radioをけっこう使ってしまうのだ。Appleによると、開始から5日間でiTunes Radioのユニークリスナーが1100万人を超えたという。すでにRhapsodyを引き離しており、今後の伸び次第ではPandoraが射程内に入ってくる。この数字が公表されてから、今度はPandora株が下落し始めた……。

過去2週間のPandora株の推移。スタートしたiTunes Radioがシンプルなサービスだったため上昇、しかし23日にAppleがiTunes Radioのユーザー数を公表したら下落

普通の人のための音楽サービス

1100万人の中には目新しさで使ってみた人も多いだろうが、筆者自身ひんぱんに使っていることを考えるとリピーターも多いと思う。その理由を考えたら、答えは1つしかない。iTunesやiOS 7に組み込まれているからだ。iTunes RadioはMacやiOSデバイスの標準機能であるかのように、自然に存在する。そして、それがiTunes Radioをラジオのようなサービスにしている。

PandoraやSpotifyのユーザーは基本的に音楽好きだと思う。そうでなければ、わざわざサービスアカウントを作成して、モバイルデバイスやデスクトップにソフトをインストールしたりはしないだろう。でも、ラジオのリスナーは音楽好きばかりではない。ラーメン屋や床屋のBGM、車を運転している時のひまつぶし等々。オンにしたら、すぐに鳴るシンプルなものだから、ラジオはたくさんの人に使われてきた。

iOSデバイスやMac、Apple TVのユーザーのほとんどは、最初にデバイスを設定する時にApple IDを設定するから、iTunesやiOSのミュージック・アプリで「ラジオ」を一押しするだけで、すぐにiTunes Radioを開始できる。しかも機能は、周波数を合わせるだけのラジオと変わらないぐらいシンプルだ。ネットラジオを知らない人や、普段あまり音楽を聞かない人でも迷わずに、ラジオのつまみをひねるようにiTunes Radioから自分の好みの音楽を流せる。そのシンプルさがiTunes Radioの魅力である。ついPandoraやSpotifyと比べてしまうが、iTunes Radioはそれらよりもさらに「The Music Service for the Rest of Us (普通の人たちのための音楽サービス)」に近い。だから、いきなり1100万人がiTunes Radioのスイッチを入れてみたのだろう。

最初は、ラジオを聴かなくなった世代が特にiOSデバイス・ユーザーには多いのに「iTunes Radio」という名称はどうだろうと思った。でも、実際に使ってみると、ラジオではないのに、ラジオ全盛時代のラジオの便利さや楽しさを思い出させてくれる。そういう意味で、たしかにラジオなのだ。単純なようで、これはハードウエア、OSとソフトウエア、サービスの全てを手がけるAppleならではの体験だと思う。また、こうしてiTunes Radioを使っていると、噂のAppleのテレビについてもハードウエアではなく、われわれテレビ世代を夢中にさせたかつてのテレビの体験を作り出すことがポイントになるのではないかと思えてくる。