デビッド・フィンチャーとケビン・スペイシーがエグゼクティブプロデューサーに名を連ね、スペイシーは主演を務め、そしてフィンチャーは最初の2つのエピソードのメガホンを握った。製作、脚本、演出、出演者と、全てが映画作品のように充実した政治ドラマ「House of Cards」。2月1日に第1シーズンの配信が始まったが、今はNetflixのストリーミングサービス契約者しか視聴できない。ネット企業Netflixのオリジナルコンテンツなのだ。

2月1日に配信開始になった話題の政治ドラマ「House of Cards」

テクノロジ企業の2012年の10月-12月期決算では、過去最高づくしの業績だったAppleが、それでも株価を落としたことがニュースになったが、米国ではNetflix株の急騰も同じぐらい大きな話題になった。1月23日にNetflixが10-12月期決算を発表(Appleの決算発表と同じ日)した翌日の同社株価の終値は146.86ドル。前日終値103.26ドルから42%の上昇である。アナリストの赤字予測を覆して790万ドルの黒字を計上し、しかも米国で約205万人のストリーミング契約者を増やした。数字以上に内容が評価された形だ。

Netflixは00年代前半にオンラインDVDレンタルで急成長し、米国において従来の店舗型のDVDレンタルチェーンに壊滅的な打撃を与えた。「DVDレンタルといえばNetflix」という地位を獲得したものの、同社はオンラインDVDレンタルに安住せず、今度はDVD市場が縮小し始める前に映画・テレビドラマのストリーミングサービスに軸足を移し始めた。先見ではあった。しかし、DVDレンタルサービスのスピンオフを計画するなど、ストリーミングへの移行を大胆に実行したのが災いし、既存ユーザーのNetflix離れが起こってしまった。300ドル近くまで上昇していた同社株は2011年後半に200ドル以上も下落。それから低迷が続いていたが、ようやくNetflixのストリーミングサービスに追い風が吹き始めた模様だ。

Netflixはカリフォルニア州ロスガトスを本拠とするシリコンバレー企業

Netflixは2013年をオリジナルコンテンツを成長させる年にするという。House of Cardsに続いて、今年春に「Arrested Development」を復活させる。2003年から2006年にFOXで放送されたコメディアドラマで、コメディ部門の作品賞を含む6つのエミー賞、グールデングローブ賞も1つ獲得するなど高い評価を得た。ところが視聴率が伸び悩み、第3シーズン半ばで打ち切り。未完を惜しむ声が根強く、第4シーズン制作や映画化の噂が飛び交ったものの、実現には至らなかった。

House of CardsとArrested Developmentは、Netflixのオリジナルコンテンツ製作に対する姿勢をよく現している。作品の質にこだわり、短期的な数字にとらわれず、作品をきちんと完成させる(半ばで打ち切らない)。これはスポンサーの顔色に振り回されるテレビでは難しい。

Netflixのコンテンツ責任者Ted Sarandos氏によると、オリジナルコンテンツの製作に同社は3億ドルの予算を割り当てており、1年間で少なくとも5つの作品を提供する計画だという。Netflixに対して「オリジナルコンテンツ製作よりも本業に集中しろ!」という批判もある。Sarandos氏は「当社の目標は、HBOが我々になれるよりも早く、我々がHBOになることだ」と述べている。

HBOは米国の有料ケーブルチャンネルである。映画とスポーツを提供コンテンツの柱としているが、HBOの評価を高めたのは90年代後半に始まったHBO製作のオリジナルドラマだ。「The Sopranos」「セックス・アンド・ザ・シティ」など、優れた脚本と演出、映画のように入念に作り込まれたドラマがエミー賞やゴールデングローブ賞を次々に勝ち取り、その面白さが口コミで広まってHBO契約者を増加させた。契約しないと、新エピソードの話題についていけないのだ。それまでHBOが含まれるケーブルチャンネルのパッケージは月額100ドルを超える"贅沢"だったが、映画館やレンタルビデオを控えて、プレミアケーブルチャネルで映画を楽しむというライフスタイルを、HBOは一般家庭に広げた。

NetflixはかつてHBOがオリジナルコンテンツでケーブルチャンネルの地位を向上させたように、ストリーミングサービスのイメージを変えようとしているのだろう。サービス契約料を収入源とし、スポンサーの意向に左右されないNetflixは、視聴率ではなく、評価を基準にクリエイターに資金を提供する。それが作品として形になり、Netflixのストリーミングサービスでしか見られない優れたドラマがあるという口コミが広まれば、Netflix契約者が増加する。消費者からの支持が広がれば、帯域問題などでNetflixと対立しているISP(電話会社、ケーブル会社)もストリーミングサービスに対応せざるを得なくなる。オンデマンド・ストリーミングが置かれている状況は、今と様変わりするだろう。こうした良い循環の兆しが見え始めている。

Sarandos氏はまた、クリエイターが新たな限界に挑戦できるとも指摘している。例えば、Netflixオリジナル作品はオンデマンドストリーミングだから、連続ドラマであるけれど、テレビドラマのように各エピソードの時間をそろえる必要はない。「House of Cards」は13エピソードが一気に配信開始になった。どのようなペースで視聴するかは視聴者次第なのだ。「テレビと映画の境界線がさらに曖昧になるだろう」と、Sarandos氏は述べている。また作品が前評判通りの評価を得られれば、行く行くはストリーミングサービスの価値を引き上げるものになる。様々な点で「House of Cards」に対する反応は注目である (2月5日時点で95,800人以上がレーティングし、5点満点の平均4.6点となっている)。

コンソールゲーム機よりもAppleが脅威

先週はもう1つ同じような話題があった。ゲームメーカーValveの共同創設者Gabe Newell氏がテキサス大学で行った講義である。Valveは「Steam Box」というLinuxベースのゲーム機の提供を計画している。現状ゲームユーザーはまずコンソールを選び、そしてそのコンソール用のゲームを購入する。コンソールが変われば、同じゲームでも買い直さなければならない。PCベースのオープンなプラットフォームなら、そうした問題を解決でき、さらに高性能なハードウエアをより安く入手できると主張した。しかしAppleのクローズドなプラットフォームがリビングルームに浸透してしまうと、これまでのコンソールに縛られたゲームを変えるチャンスを逸してしまう。

講義の内容を報じたPolygonによると、Newell氏は「コンソールが最大の難問になるとは思わない。PC業界が共に行動を起こす前に、(非常に大きなユーザーシェアを持つ)Apple (のプラットフォーム)がリビングルームに踏み行ってくることが難問になる」と述べていたという。

パソコンでもモバイルでも、AppleはOSとハードウエア、そしてプラットフォームを活用するためのアプリケーションまで手がけてきた。リビングルームに進行するのなら、そのためのコンテンツを自ら用意しても不思議ではない。むしろ自然である。Newell氏のコメントは「HBOが我々になれるよりも早く、我々はHBOになりたい」というNetflixのSarandos氏の言葉と同じように響く。