今年4月、ジョージ・クルーニーがバラク・オバマ大統領の再選キャンペーンの一環として、資金集めのための夕食会をホストしたことが話題になった。もちろんクルーニーが熱心なオバマ支持者だから実現した夕食会だが、オバマ陣営は「西海岸において、クルーニーとのディナーは40-49歳の女性グループにアピールする」という計算に基づいて夕食会を仕掛けた。

6月にはニューヨークのウエストヴィレッジにあるサラ・ジェシカ・パーカーの自宅で資金集めのパーティーが開催された。パーカーも熱心なオバマ支持者として知られるが、オバマ陣営は多額の寄付を期待できるリベラルな女性に対する影響力を考慮して、東海岸ではパーカーを選んだ。今回の大統領選でオバマ陣営は、支持者である有名人の力を借りるのにも最大限の効果が得られる"選択"にこだわった。これは資金集めだけではなく、同陣営はあらゆるものごとを数字で測り、そして最善の一手を選択し続けた。

接戦が予想されたもののフタを開けてみたら、バラク・オバマ大統領の圧勝(選挙人票:オバマ氏332票、ロムニー氏206票)で終わった2012年の大統領選挙。今回はフロリダ州 (29票)、オハイオ州 (18票)、ノースカロライナ州 (15票)、バージニア州 (13票)などの大票田を含む9州が、勝利政党が変動する可能性のある州、いわゆるスイング・ステート(Swing states)として注目されたが、ノースカロライナ州を除く8州でオバマ氏が勝利した。

ハリケーン「サンディ」直撃で、選挙直前に危機管理能力をアピールできたのが追い風になった? いやいや、そんな棚ぼた勝利ではなかった。選挙後にTIMEに掲載されたオバマ陣営の本拠のレポート「Inside the Secret World of the Data Crunchers Who Helped Obama Win」を読むと、スイング・ステートでオバマ氏は勝つべくして勝ったのが分かる。

同レポートは選挙結果が出た後での情報公開を条件にオバマ陣営の本拠「The Cave」の取材を許されたMichael Scherer氏が、オバマ陣営のIT戦略をまとめたものだ。

オバマ大統領の投票日当日のツイート、大統領自身がボランティアとともにキャンペーン活動を行う写真を付けて投票を呼びかけた

2008年の選挙戦でオバマ陣営はネットとSNSを活用し、効率的にキャンペーンチームや支持者を動かして効果的にメッセージを伝えたことが評価された。ところが、実際には反省点も多かった。最も大きな問題はデータベースの分散である。例えば、ボランティアが使用する公式サイトの電話リストと、キャンペーンオフィスのスタッフが使用している電話リストが異なったり、投票推進運動と資金集めで全く別個のリストを作成していた。「2つの組織がデータを共有していなかった9/11以前のFBIとCIAのようだった」という。ほかにも公式SNS、ボランティアの記録、党の支持者データ、有権者データ、消費者データ、世論調査結果など、キャンペーンチームが扱うデータは多種多様だ。

そこで再選に向けて活動を再開したときに、2012年キャンペーンでは"データを武器"とするために、まずあらゆるデータを1つにまとめた。その作業に18カ月もの時間がかかった。そしてデータマイニングの専門家で、同技術をスーパーマーケットのマーケティングに活かしていたRayid Ghani氏をチーフサイエンティストに起用。データ分析チームを2008年の大統領選の時から5倍の規模に拡大した。

新システムで、各地の選挙事務所のスタッフは電話リストに電話をかける時に、説得できる可能性による格付けを参考にする。格付けの75%は、年齢、性別、人種、住環境、投票記録などの基本情報で決まる。さらにコンシューマデータなどを加味することで、格付けの精度がさらに高まる。スタッフは説得できる可能性が高い人たちには熱心に話しかけて、確実に支持者に変えようとする。しかし、それだけでは従来とやっていることは大きく変わらない。新システムでは、予測をテストし、短期間で有効なソリューションに仕立て上げられる。

あるアプローチを試すと、その効果のデータが本拠のシステムにすぐに蓄積される。すると全体的には効果の薄いアプローチでも、例えば「ニューヨークで働く40代の女性」というように、ある一部のグループのみで効果を発揮することがある。オバマ陣営のデータ分析チームは数多くのテストを試し続け、データをどんどん蓄積・分析していった。その結果、どのようなタイプの人たちに対しても、効果的に働きかける組み合わせを見出し、説得できる可能性が低い人たちに対するアプローチも改善された。

予測のテストおよびデータ収集とともにキーとなったのが、データからのモデル作りだ。どのような性格や考えの持ち主で、どのように行動する人物であるかをデータから作り出す。実際に近い人物像を構築できてこそ、テストを通じて効果が実証されたアプローチが有効になる。これは支持者の拡大だけではなく、ボランティアの獲得にも役だったという。選挙戦を勝利するのにボランティアの力は欠かせない。オバマ陣営は有能なボランティアになる適正を備えた人もデータから見抜いた。

今年の春の終わり頃、オバマ陣営の資金集めが話題になった。10億ドルという目標額に遠く及ばなかったからだ。ところが、8月から怒涛の巻き返しを見せて目標を突破した。原動力は電子メールを使った勧誘。ただ、それだけだったが、その頃にはモデリングの精度が上がり、アプローチのデータも蓄積されていて、個々にカスタマイズしたメッセージが効果を上げた。

今回オバマ大統領は8月末に、予告なしでユーザー投稿型の情報サイトRedditに登場し、Redditユーザーからの質問に答えた。投票日が近づき、1秒でも惜しい時期である。これまでならば、CBSの「60 Minutes」のような全米ネットの格の高い番組でアピールするところだが、一般的にはあまり知られていないユーザー投稿型サイトを選んだ。これは投票に赴くターゲットの多くがRedditユーザーであるというデータに基づいた選択だった。またホームコメディ「Don’t Trust the B」やバイカー集団を描いたドラマ「Sons of Anarchy」など、これまで大統領候補のメッセージの提供に避けられたようなTV番組の広告枠を購入した。これは「(スイングステートであるフロリダで)マイアミ・デイド郡の35歳以下の女性にアピールできる」というデータ分析に基づいたものだった。

オバマ陣営はビッグデータの分析を最優先し、過去の大統領選キャンペーンの慣習から外れた数々の手を打ち続けた。そんなオバマ陣営のキャンペーンに、世論調査で時にオバマ氏を上回っていたミット・ロムニー陣営はほくそ笑んでいたのではないだろうか。しかし、オバマ陣営の数々の手はピンポイントで効果を発揮し、それがスイング・ステート一掃という結果につながった。

一方、ロムニー陣営のIT戦略は中身が伴わなかった。話題になったことと言えば、「Twitterフォロワー水増し疑惑」である。ロムニー氏の公式Twitterのフォロワーが、7月21日に17% (116,922フォロワー)も増えたとBarracuda Labsが指摘。しかも、その1/4が開設から4日以内のアカウントで、23%がツイートしたことがなかったことから、フォロワーを販売するサービスを使って大量水増しした可能性が疑われた。疑惑の真相はともかく、オバマ陣営が10億ドル到達に向けて仕上げにかかった7月末時点でその調子だったのだから、IT戦略の差は歴然としている。

オバマ政権の4年間に不満を抱いている人も多く、オバマ陣営にとって容易な選挙戦ではなかったはずだ。個人的にもTVのニュース番組でティーパーティ運動やOccupyデモが連日報じられていた頃の記憶が新しく、オバマ陣営の圧勝に違和感をおぼえるのが正直なところである。それが今回起こったことに、メディアやコミュニケーション、マーケティング手法のシフトが現れている。ポピュリスト運動やデモはマスに訴えたが、個に届いたのはThe Caveが繰り出したアプローチだった。

今回の選挙に限らず、こうした新旧の分け目は今後さまざまなところで見られることになりそうだ。