米ハーバード大学と米マサチューセッツ工科大学 (MIT)が2日に「edX」というオンライン教育の新たな提携プロジェクトを発表した。今年の秋に授業を開始する。最初の講義のラインナップ発表は夏になるそうで、今から楽しみなことである。

edXを発表するハーバード大のDrew Faust学長、MITのSusan Hockfield学長、edXプレジデントのAnant Agarwal氏

しかし、なぜハーバードやMITのような大学が積極的に講義を公開するのだろう。先月にはオンライン教育サービスのCourseraと、スタンフォード大学やプリンストン大学、ミシガン大学などの提携が発表された。一方で、中堅以下の大学は戦々恐々としている。インターネットに接続するだけで誰でも、世界有数の大学の講義を体験できるのだ。大学の学費が高騰し、しかも大卒者の雇用が低迷する昨今、このままオンライン学習で効果的に知識を得られるようになれば、従来の大学教育がいずれ崩壊するのではないかと気が気でない。

修了しても単位として認められず

edXは、MITが運営するオンライン教育システムMITx (講義、テスト、オンラインラボ、ピアレビューなど)を土台に、両校がこれまでにオンライン教育システムを手がけてきた経験を反映させた教育プラットフォームになる。プロジェクトの管理・運営は、それぞれ3000万ドルずつを出資して設立した非営利組織が行う。

面白いのは、オープンなシステムであることだ。スタート当初はハーバードとMITのプログラムで構成されるが、他の大学にも講義提供への参加を呼びかけている。また、edXプラットフォームのソフトウエアをオープンソースで公開するという。他の大学も同プラットフォームを利用してオンラインコースを提供でき、プラットフォームの発展に貢献できる。

edXは営利優先のプロジェクトではない。成長市場の人たちや、学習機会に飢えている人たちなど、世界中の人たちに大学レベルの教育に触れるチャンスを提供する。また発表の記者会見でMITの大学運営担当理事のRafael Reif氏は、ハーバードやMITにとってedXは学習 (learning)をリサーチするプロジェクトであると述べていた。今年の春にMITxの電気回路のコースには120,000人もの人たちが登録した。edXにはMITx以上に多くの人たちが集まるだろう。莫大なデータを収集できる。それを大学のコースづくりやプログラムに活かす。例えば、オンラインコースでは終了後も受講者がコースから得た知識を発展させる様子を追跡できるから、それを参考にすれば、これまでよりも学生が効果的に長期的なゴールを達成できるプログラムを組める。

MITxの電気回路コース

Reif氏は「このプロジェクト(edX)が大学の財政的なお荷物になるのは避けたい」とも述べていた。この言葉は「すぐには無理でも、いずれ経済的な自立が可能」と言っているように聞こえる。まずはコースを終えた証明を希望する受講者に修了証明書を有料で発行する計画で、他の収入源も模索する。

edXの資料を読むと、未来の大学教育を開拓するプロジェクトとしてハーバードとMITが真剣に取り組んでいるのが伝わってくる。しかし、その興奮もトップクラスの大学のオンライン教育プログラムに必ず付いている但し書きで一気に冷める。edXのコースを修了しても、ハーバードやMITは「単位として認めない」のだ。MIT学長のSusan Hockfield氏は「キャンパス環境は、オンラインでは再現できない機会と体験を提供する。edXは教育を向上させるが、キャンパスの体験に代わるものではない」と断言する。

Hockfield氏が言っていることは分かる。だが、リアルとネットの距離を縮めなければ、大学のオンライン教育プログラムはいつまでも形を変えたオンライン図書館のままでしかない。それでedXに独り立ちを望むのは矛盾してるのではないだろうか。

米大学の6年間卒業率はわずか56%

冒頭の疑問に立ち返ろう。ハーバードやMITは、なぜ積極的に講義を公開するのか?

私見を述べると、これは大学のカリキュラムの一部ではなく、あくまでも学習(learning)をリサーチするプロジェクトなのだ。「学習効果」の研究である。だから、他の大学も広く参加できるオープンな形を採っている。

米国の大学は90年代から新入生の6年後の卒業率を公表しているが、00年代後半の全米平均はわずか56%前後だ。理由は様々だが、1年生の時につまずく学生が多いことが大きい。大学教育を受ける準備が整っていなかったり、プランを立てないままスタートして失敗する。そして軌道修正できないままGPA (Grade Point Average)を悪くし、GPAを維持するためにコースを落とす内に授業料が負担になり、最後は大学を去る。悪循環である。

ちなみに名門と呼ばれる大学では90%を超える。ハーバードは97-98%であり、MITは93%前後だ。優秀な学生が集まるから卒業率が高いのは当然である。逆に言うと、米国の卒業率を底上げするためには、入りやすい (=新入生がつまずきやすい)中堅以下の大学が、新入生向けのプログラムや、上手くいかなかった学生の軌道修正や再スタートを支援するためのプログラムを充実させなければならない。

オンライン教育プログラムでは誰でも大学の講義を体験できる。失敗してもGPAが下がりはしない。失うものは時間だけだ。だからリアルな大学を予習し、リアルな大学で十二分に知識や経験を吸収できるようになるまで準備する場に使えばよいのだ。最初は論文の書き方やリサーチの方法すらままならなくても、オンラインプログラムのピアレビューで鍛えられれば、大学ではスムースにスタートを切れるだろう。

前述したように優れた講義がネットで公開されることに、中堅以下の大学は戦々恐々としている。だが、ハーバードやMITが認めないオンラインプログラムの修了を、中堅以下の大学は単位として認めてはどうだろう。オンラインであってもコースを完了しているのだから、受講者の大学生としての適正は高い。こうした学生を優遇することで卒業率が改善する。学生はより短い期間で効率的に学位と知識を取得できるので、学費高騰の問題も緩和する。また単位として認められるのならば、edXの修了証明書の発行を求める受講者が増え、edXの収益モデルが回り出す。

こうした良循環を生み出すことが、ハーバードやMITが学習(learning)をリサーチし、オープンなオンライン教育プラットフォームを提供する狙いではないだろうか。