先週Googleが「Chrome for Android」をリリースした。まだベータ版だから、あまり期待せず、とりあえず試すつもりでインストールしたが、なかなか快適! すぐにメインブラウザに登録し、それからずっと使い続けている。

同じAndroid 4.0.3搭載スマートフォンで、Android標準ブラウザ、Firefox、そしてChromeでJavaScriptベンチマーク「SunSpider 0.9.1」を走らせたところ、トータルスコアはそれぞれ4600ms、3036ms、3237msだった。Chrome for AndroidのスコアはFirefoxに及ばない。ところが、不思議なことに実際に使っているとChromeの動作の方がスムースで高速に思えるのだ。

Chrome for Androidベータ版

SenchaのMichael Mullany氏も、同じように感じたようだ。同氏は「ユーザーが体感するパフォーマンスの指標として、SunSpiderを一線から退かせる良いタイミングかもしれない」と述べ、代わりにHTML5サイトやHTML5デモを用いて様々な角度からChromeを評価した。テストは「High Performance position」(CSSプロパティ対応)、「Raphaelベクター・デモ」(SVGの基本動作)、「Canvas Color Cycling」(Canvasストレス・テスト)、「Sencha Animator」(CSS3 Animations & Transforms)等々。

たとえば最も複雑なアニメーションでフレームレートが極端に低くなるなど、正式版リリースまで改善・強化すべきポイントがいくつも出てきた。しかしながら、モバイルにおいてHTML5活用を積極的に前進させようとするGoogleの姿勢を高く評価。「ベータとはいえ、Chrome for Androidは、AndroidデバイスでのWebブラウジングの大きな前進である。ブラウザが抱える多くの制限は、ブラウザ自身よりもデバイス・プロセッサに因るものの方が大きいとわれわれは考えている」「もしAndroid 4デバイスを持っているのならば、迷うことなくChrome for Androidをダウンロードし、すぐにメインブラウザとして使い始めるべきである」と絶賛している。

こうしたパフォーマンスや利用体験とは別に、デスクトップ版Chromeのユーザーなら、デスクトップ版とモバイル版の連係とデータ同期だけでもChrome for Androidを使う価値がある。AndroidスマートフォンがChrome OSデバイスにグッと近づく感じがする。これでAndroid用ChromeにもChrome Web Storeが統合されれば、AndroidとChrome OSの境界があいまいになるだろう。米国でも第4世代のワイアレス・サービスが普及し始めていることを考えると、AndroidアプリよりもWebアプリが積極的に使われる未来が現実味を帯びてくるように思う。

MetroアプリはiOSアプリよりも3倍以上高速

Chrome for Androidだけではなく、先週はモバイルWebに関してたくさんの話題が出てきた。CSSベンダプレフィックス記述の議論、Firefoxの新しいタブ・ページ、Teague Labsが開発した片手で入力できるWebベースのキーボードのデモも面白かった。マウスの生みの親Douglas Engelbart氏が考案したコーディング・キーボードをWebで再現したもので、iPadなどタッチスクリーン・デバイスで、このページを開くと体験できる。理屈ではなく、形を覚えないといけないため、最初は戸惑うが、しばらく続けると想像以上に快適にタイピングできる。

そしてMicrosoftの「Windows on ARM (WOA)」の概要公開だ。UIをMetro環境に絞り込んだWindowsであり、薄型軽量で長時間のバッテリー駆動が可能な新しいWindowsデバイスを実現するWindowsになる。「WOAはFisher Price(こども用コンピュータも作る玩具メーカー)のソフトのような、縮小版のWindows体験を提供するのではないかと心配していた」というAdrian Kingsley-Hughes氏が、「今は自分が間違っていたと言える。WOAはWindowsであり、Windowsのように見え、Windowsのように動作する。MicrosoftはデスクトップOSを複数のプラットフォームと異なるスクリーンサイズに広げるという約束を果たした」と述べている。

WOAで動作する既存のx86/64アプリケーションはOfficeのみに限られる。つまり、実質Metroアプリだけだ。少し前だったら、それは制限でしかなかっただろう。WOAの特徴的な機能も備えたWindows 8(x86/64)こそ、究極のWindowsである。しかし、贅肉をそぎ落としたWOAからポストPCデバイスが生まれ、Windows 8(x86/64)からは得られない新しい可能性が広がりそうな期待感が膨らむ。それはChrome for Androidから伝わってくる可能性と同じものだ。

WOAの概要を公開する数日前に、MicrosoftはWindows 8のMetroスタイル・アプリとiOSアプリがHTML5コンテンツを処理するパフォーマンスを比べたレポートを公開した。JITコンパイラとハードウエアアクセラレーションが常に有効なMetroスタイル・アプリの方が3倍以上も速いという。この比較は、今年のiOSの進化を見なければ、公平ではないように思うが、マーケティングと割り切っても、あのMicrosoftがHTML5に軸足を移すことで可能性を開こうとしているのだ。ひいてはモバイルWeb全体に影響が及ぶのは間違いない。

奇しくも2月9日にテキサス州東部地区連邦地方裁判所において、インタラクティブなWebを実現する基本技術の特許を保有しているというEolas Technologiesの主張を退ける判断が下された。騒動のもととなった5,838,906パテントは1998年に認められ、翌年にEolasはMicrosoftを特許侵害で訴えた。Web関連企業の多くがMicrosoftを支援したにもかかわらず、長期戦の末にMicrosoftとEolasは2007年に和解合意。実質的な勝ちを収めたEolasは、AdobeやAmazon、Google、Sun Microsystems、Yahoo!など数多くのテクノロジー大手に訴訟を広げた。しかしパテントトロールのようなEolasの戦略に対し、被告となったネット産業が自由でオープンな環境からWebのイノベーションが生まれるという主張で団結。"Webの生みの親"と呼ばれるTim Berners-Lee氏やViolaブラウザのPei-Yuan Wei氏などが証言に立つなど、Webのあり方をWeb産業が宣言するような歴史的な裁判になった。結果、Web産業の主張が認められたという点で今回の勝利の意義は大きい。その正しさはまさに今、モバイルの世界で開花しようとしているWebのイノベーションによって証明されようとしている。