米Amazon.comがMOBIベースに代わるKindleの新フォーマット「Kindle Format 8 (KF8)」を発表した。HTML5とCSS3をサポートし、埋め込みフォント、文字見出しなど150以上のフォーマット機能が追加される。これにより絵本やコミック、技術書、料理本など、リッチなフォーマットやデザインを用いたKindleコンテンツが可能になる。

これまでMOBIをベースにしたKindleフォーマットのレイアウトに不満(マージン、行端ぞろえ、ハイフネーション・サポートなど)を訴えていたパブリッシャーやデザイナーは多く、またEPUB3.0に対抗(歩調を合わせる?)する上でも、HTML5とCSS3をベースにした新フォーマットへの移行は必然だったと言える。しかし、書籍フォーマットの変更はプラットフォームを刷新するような改革であり、米国の電子書籍市場で圧倒的なシェアを持つKindleといえども大きなリスクを伴う。KF8のFAQページを読むと、既存のKindleユーザーやパートナーを刺激しないようにAmazonが努めているのが明らかだ。それでもKF8の発表には歓迎と失望の両極端の反応が見られる。

Kindle初のカラー液晶搭載リーダー「Kindle Fire」が初のKF8対応に

アナリストのHugh McGuire氏が今年4月に「"インターネット"と"本"の違いがとても曖昧になってきて、5年のうちに消滅するだろう。その変化に今から備えよう」とツイートしたのが賛否両論の議論を呼んだ。これを好意的に受け取る人は、おそらくAmazonのKF8へのシフトを歓迎する。逆に「Webページと本をごっちゃにするな!」と強く感じた人は今、AmazonのKF8への移り方に戸惑っていると思う。

今日の電子書籍の多くは、印刷書籍の体裁やレイアウトをそのまま電子書籍リーダーや電子書籍アプリケーションで再現しようとしている。辞書機能やWikipedia検索など電子版ならではの機能も備えるが、基本的に文章や情報が印刷版と同じように本に閉じ込められている。しかし、電子書籍リーダーやアプリケーションはネット接続できる場合が多く、次第にそのメリットが電子書籍作りに取り込まれていくとMcGuire氏は予想する。WebページやWebサービスとの連係が高まり、例えば電子書籍の特定のページやパラグラフ、イメージ、表などにリンクを張れたり、「1945年」の「東京」について言及した本を探し出すような横断検索など、あらゆる本の中身に柔軟にアクセスできるようになると見る。他にも、全米紙USA Todayがオンライン版のデータベースへのアクセスを商用利用に限って有料としているのと同じように、電子書籍でもAPIアクセスに対する課金という新たな収入モデルが出てくる可能性も指摘している。HTMLベースの書籍フォーマットの採用は、本をWebの世界に溶け込ませる第1歩になるというわけだ。

現時点でKF8の機能はレイアウトに関するHTMLタグとCSS3属性ばかりで、オーディオや動画もサポートしていない。だが、HTML/CSSべースのフォーマットに移ってしまえば、将来のアップデートで容易にWeb標準の様々な機能を追加できるから、電子書籍に先進的機能を求めるKindleユーザーはKF8を歓迎している。

第1-第3世代のKindleはKF8に対応せず

一方で、本というまとまった形を大事にする人たちは、KF8でリッチなレイアウトが実現することを歓迎しながらも、本の断片化を危ぶんでいる。例えば、特定のページへのリンクは本のページをばらばらにして利用するようなものである。またKF8をサポートするのは第4世代以降のKindle端末のみで、第1-第3世代はMOBIベースのフォーマットのままだ。パブリッシャーは新ツールKindleGen 2を使ってKF8とMOBIベースの両方に対応できるが、KF8向けの凝ったレイアウトをMOBIベースに変換するとレイアウトの劣化は避けられない。同じ本で、レイアウトや読書体験が異なることになる。

読者は読みにくいレイアウトをKindleではなく、出版社やデザイナーの力不足、または電子書籍の限界だと考えるだろう。だから、NYTベストセラー作品の電子書籍版のフォーマットも手がけたことがあるGuido Henkel氏は、「Amazonの新しいKindle電子書籍フォーマットの導入は大きなつまづきになる」と警戒する。同氏は、すべてのKindleリーダー端末をKF8対応にアップデートするか、またはKF8とMOBIベースのフォーマットでそれぞれ読者がベストの読書体験が得られるようにするべきだと主張している。後者は2つのフォーマットでそれぞれレイアウトを用意する必要があり、製作側の負担が増える。1冊の本に2つのレイアウトが存在しては消費者を混乱させる可能性もある。前者については、Amazonが第1-第3世代のKindle向けにKF8対応アップデートを提供しない理由を明らかにしないので、実現可能なのかは分からない。ネット上のコメントも「初期のKindleにモダンブラウザは負担」「KF8対応を最新機種に狭めることで意図的に買い換えを促している」というように様々だ。ただ現時点でAmazonがKF8で動画タグやJavaScriptをサポートせず、既存のKindle書籍と大きく異なるKindleコンテンツが作られるのを防ごうとしていることを考えると、おそらく第1-第3世代のKindleでは十分なKF8サポートが難しいのだろう。まずはKF8とMOBIベースの機能の差を抑えて、第4世代以降のKindle端末が主流になるタイミングを見計らって、Webとの親和性を高める機能やマルチメディア機能をKF8に追加するのではないだろうか。いずれにせよ、Kindle書籍を提供するパブリッシャーは今後しばらく、MOBIベースのKindleフォーマットとHTML5/CSS3ベースのKF8のどちらに軸足を置いてKindle書籍を設計・デザインするか悩むことになる。

McGuire氏が指摘するように、ネットに本を溶け込ませれば、本離れが進む世代が本のコンテンツに触れる機会は増えるだろう。印刷書籍はいつでも読む人に同じ読書体験を提供する。それは印刷書籍の大きなメリットであり、だからわれわれは本の不変の形をイメージして、Kindle書籍もいま手元にあるKindle端末で、この先ずっと同じように読めると期待してしまう。だが電子書籍と電子書籍リーダーの関係は、Webコンテンツとブラウザに近いものになろうとしている。同じコンテンツでも表現がどんどん進化し、最新のデバイスとアプリケーションを使って新たな読書体験を味わえる。ただし、古いデバイスやアプリケーションでは使えない機能、読めないコンテンツが出てくるだろう。そうした電子書籍時代の本のあり方を、Amazonはこれから少しずつユーザーに浸透させる。本当の意味での、印刷書籍から電子書籍へのシフトに挑むことになる。

Amazonは中古の電子書籍端末の下取りプログラムを用意して、最新モデルへの買い換えを促している