一般の人に「00年代後半に躍進したシリコンバレー企業は?」というアンケートを採ったら、日本ではFacebookやTwitterがトップを争うだろう。米国では、そこにNetflix(ネットフリックス)が加わると思う。オンラインDVDレンタルとストリーミングの2つの方法で映画・TV番組を提供している。日本国内での認知度は今ひとつだが、米国ではAppleと双璧をなすエンターテインメント・プラットフォーム企業と認められている。IPOを目指すFacebookが今年6月にNetflix CEOのReed Hastings氏を取締役に迎え入れたことにも、同社の米国における影響力が現れている。そのNetflixが今、強烈な逆風に直面している。

米国では誰でも知っているNetflixの赤い封筒

シリコンバレーのスタートアップの1つに過ぎなかったNetflixが急成長したのは、米国人の生活を便利にするソリューションを提供したからだ、具体的には、DVDのレンタルショップまで往復する手間を不要にした。大げさに思うかもしれないが、米国の都市はだだっ広く、特に見終わったDVDを返却するためだけにわざわざ車をドライブするのが本当に面倒だった。Netflixは1999年にWebと郵便を組み合わせた月定額制オンラインDVDレンタルを開始した。郵送でのDVDのやり取りは数日を要するものの、郵便受けまでの往復で済む。加えて月定額制なので、遅延を気にせず自分のペースで鑑賞できる。ただそれだけなのだが、米国の消費者のニーズにぴったりとはまり、Netflixは瞬く間にDVDレンタル最大手Blockbusterを倒産に追い込むような勢力に成長した。

さらに2007年に、ライバルに先駆けてストリーミングサービスを開始した。DVDに比べて対象作品は少なかったものの、ストリーミングには"貸し出し中"がなく、DVDプレイヤー以外の様々なネット対応機器を使っていつでもすぐに鑑賞できる。これをエントリー向け以外のサービスプランに無料バンドルしたため、Netflix契約者の満足度はさらに高まった。そのままDVDレンタルユーザーの間にストリーミングを浸透させながら、ストリーミング対応作品およびストリーミング対応機器を増やし、最終的にストリーミングへのシフトを実現する……と思われた。

ところが昨年10月に突然、DVDレンタルとストリーミングを切り分けるようにサービスプランと価格を改定した。新プランで従来と同じ様にDVDレンタルとストリーミングを利用すると数ドル高くなる。多くのユーザーはこれを値上げと受けとめた。さらに今月18日(米国時間)に同社は事業を分割する計画を発表した。オンラインDVDレンタル事業を切り離し、Qwiksterという名称で独立させるという。1つのアカウントで映画やTV番組を様々なスタイルで楽しめるのがNetflixの魅力だったのに、DVDレンタルとストリーミングが別のものになったら2007年以前に戻ったも同然である。

Netflixユーザーの多くは、Netflixが自分たちの側に立ったサービスを提供する企業だと信じて支援してきた。それゆえに、ビジネスの事情を重んじたような同社の変化に対する落胆は大きい。

ストリーミングはファースト・セール・ドクトリン適用外

なぜNetflixは変わってしまったのか? Hastings氏は事業分割について、「2つの事業はコスト構造がまったく異なり、メリットを引き出すにはそれぞれに適した市場戦略が必要である」と語っている。このコメントに、今のNetflixの苦悩がよくあらわれている。

Netflixが自由にオンラインDVDレンタルを展開できたのは、米国でファースト・セール・ドクトリン (first sale doctrine)を示した1908年の最高裁判断が重んじられているからだ。DVDや書物などのパッケージで販売された場合、そのコンテンツの著作権者の頒布権が消尽する。これにより古本や中古CDなどのビジネスが可能になる。NetflixはBest Buyと提携し、Best Buyから定価でDVDを購入するという形でファースト・セール・ドクトリンの下、著作権問題に左右されることなく自由にレンタルサービスを展開してきた。

一方、ストリーミングサービスはコンテンツ提供者からのライセンスを受けて配信する形になる。ファースト・セール・ドクトリンは適用されず、そのため提供する配信サービスに関して著作権者と合意しなければならない。

ストリーミングはダウンロード配信よりも著作権を管理しやすいこともあって、ハリウッドはNetflixが単独でストリーミングサービスを開拓し始めた頃は非常に協力的だった。だがサービスが軌道に乗り始めると、契約更改がまとまらないケースが出てきた。ストリーミングをDVDの販売下落をカバーする手段と見なし始めたのだろう。AmazonやAppleなど、ライバルの参入もNetflixの交渉を難しくしたと思う。DVDレンタル・ユーザーに試用してもらいながら少しずつストリーミングを成長させたいNetflixに対して、ハリウッドは純粋にビジネスとしてライセンス交渉を進める。ユーザーがストリーミングも利用しているかは関係なく、およそ1000万人と言われるすべてのNetflixユーザーを基準にライセンス料を要求してきただろう。このままでは必ずしも現在の月定額制の枠内でライセンス交渉をまとめられるとは限らず、だからNetflixは成長段階のストリーミングと、現在の主流サービスであるDVDレンタルを明確に分けざるを得なかったと考えられる。

Netflixはファースト・セール・ドクトリンの問題に言及せずに分割に踏み切った。著作権侵害が広まりやすい電子版の世界に、ファースト・セール・ドクトリンを持ち込むことを危惧する声は根強い。ただNetflixのようにユーザーから支持されたサービスの後退が起こるなら、著作権が本来の目的で機能しているか議論の余地がある。個人的には、コンテンツを保護しやすいストリーミングに対してファースト・セール・ドクトリン適用を議論する機会を設けてほしかった。

先週、Facebookが開発者イベントf8で各種メディアを統合する計画を明らかにした。Netflixもパートナーの1つで、NetflixとFacebookを統合したサービスが実現するという。ところがFacebook統合の核となるサービスを利用できるのはカナダと南米のNetflixユーザーのみで、肝心の米国で実現しないのだ。これは1988年に制定されたビデオプライバシー保護法で、本人の同意なくビデオレンタルの情報の公開が禁じられているためだ。Netflixは公式ブログでユーザーに対して、同法をFacebook時代向けに修正するH.R.2471のサポートを訴えている。ただ一度失ったユーザーからの信頼を取り戻すのは難しく、「値上げに続いて、分割でDVDとストリーミングの両方を利用しにくくしておきながら、すぐにユーザーに助けを求めるのか?」というような厳しいコメントが並んでいる。

サービスプラン改定以来、Netflixを解約するユーザーに歯止めがかからないという。回復に転じさせるには、もう一度ユーザー側に軸足を置いたサービスに立ち返るしかないのはNetflix自身が最もよくわかっているはずだ。米国でDVD時代を終焉期に向かわせるきっかけを作った同社が、単に過渡期のすき間を埋めるだけのサービスではなかったと期待したい。