【コラム】

吉川明日論の半導体放談

3 国家安全保障と密接に関わる米国の半導体産業

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中国資本がLattice Semiconductorの買収に失敗

最近の業界ニュースで話題となったのは、Canyon Bridge Capital Partnersという中国系ファンドのLattice Semiconductorに対する買収計画がトランプ米大統領の決断でご破算になったという話だ。これまでの巷の記事を読んでみると、どうやら事情は次の事であるらしい。

  • 収益の改善が見えないFPGA(Field Programmable Gate Array)の老舗であるLatticeは2016年11月に中国系ファンドグループのCanyon Bridgeによる総額13億ドルでの買収計画を発表した。
  • この買収計画は米政府の付属機関であるCFIUS(対米外国投資委員会)の審査を受けていたが、CFIUSはこの買収計画への反対意見をまとめ、それを受けたトランプ大統領が大統領令を発し、買収計画がご破算になった。

前回のコラムにて業界再編の話を書いたが、その中で中国の半導体技術の技術独立を目指した国策計画に触れた。この中国の計画の一部が早速トランプ氏の判断でご破算になった事はその政治背景も考えると大変興味深いものがある。即座に私の頭に浮かんだのは、「なんでLatticeなんだろう?」という疑問である。それと同時に私のAMDでの経験の中でも、このような企業買収のご破算の例があったことを思い出した。

80年代、富士通のFairchild買収計画が破算に…

1986年の後半だったと記憶している。AMDのRISCアーキテクチャによる独自開発CPU「Am29000」の記者発表会の時だった。その日は私がAMDに入社して初めて経験する新製品記者発表会で、しかも日本市場を重視したAMDのCEOであるジェリー・サンダース自身が来日して発表を行うという、私にとっては正に晴れ舞台の発表会であった。できるだけ多くの記者を呼ぼうと前もって入念にコンタクトをして、30人くらいの記者が集まる予定であった。しかし、当日ホテルの記者発表会場で満を持して記者を待つ私とサンダースであったが、定刻を過ぎても記者が1人も現れない。

だんだん焦りだしてきたところに、懇意にしている記者の方から連絡があった。「申し訳ない。今日は行けません。今朝、富士通が緊急の記者発表会をやるらしいという連絡が入りました。どうも富士通が前々から発表していた米国半導体企業の老舗Fairchild Semiconductorの買収が、米政府の反対にあってご破算になったらしいんです!」ということであった。その話をすぐさまサンダースに伝えると、「じゃあ仕方ないな」、と結構あっさりとした反応であった。結局我々の記者発表会は10人以下ではあったが、記者の皆さんが遅れて駆けつけてくれたことで何とか終わったが、翌朝の紙面では「富士通のFairchild買収が米政府によって破談」と、ビジネス紙では一面トップ扱いで、でかでかと記事が載っていてAMDの話は余程注意深く探さないと見つけられないような小さな扱いであった。PRの仕事ではよくある話である。

実は、この時、富士通によるFiarchildの買収に待ったをかけたのも今回と同じCFIUS(対米外国投資委員会)であった。当時のFiarchildと言えば、AMD、Intel、National Semiconductor(NS)、LSI Logicといったシリコンバレーのベンチャー企業がスピンアウトする母体となった伝統ある半導体企業で、半導体技術の重要な部分を担っていた。CFIUSが日本企業・富士通によるFiarchild買収に反対した最も大きな理由は、軍事技術の流出による国家安全保障にかかわるものだった。もともとミサイル、偵察用機器、軍事基地のコントロールタワーなどの電子機器機に使用される半導体部品は軍用規格という特別厳しい規格を満たした非常に機密性、品質の高い部品である。これを当時、世界の半導体市場でメキメキ力をつけている日本企業に買収させるなどもってのほかということである。Fiarchildはその後、NSに買収された後、また一旦独立した。その後、2016年に米国のON Semiconductor(Motorolaから独立し後に三洋電機の半導体部門を買収するなどで規模を大きくしてきている)に買収されることとなったが、その際にやはり中国のファンドがON Semiより高い買収額を提示したが、CFIUSが反対し破談となったという経緯がある。

今回のLatticeはFiarchildから見れば夜叉孫くらいにあたる存在である。

シリコンバレーの半導体企業の系譜。LatticeはFairchildのDNAをくむ会社の1つ

中国系ファンドによるLattice買収が破談になった理由とは

さて、今回話題となっているLattice(本社は米オレゴン州ポートランド)であるが、同社のWebサイトをのぞいてみると興味深いことにボードメンバーのうち3人が以前にAMDで働いていた人たちである。もちろん私もよく面識がある連中で、Latticeの素性は以前と変わらずシリコンバレーの独立系半導体企業である。売り上げは年間4億3000万ドルほど、日本円にして500億円以下であるので、規模としては小さい。

コンピュータのボードにはキーパーツ以外にも多くのロジックチップが載っている (著者所蔵品)

一方で買収を仕掛けたCanyon Bridgeであるが、Webサイトの画像を見るといかにもシリコンバレーに事務所を置いているカリフォルニアのベンチャーキャピタルという感じがするが、ボードメンバーは中国系が多いし本社は北京だ。バックグラウンドを見てみると中国出身でシリコンバレーの半導体企業で長年経験を積んだ典型的な中国系エンジニアまたは経理出身の人々である。シリコンバレーと中国に深いネットワークを築いていることが察せられる。

Latticeの製品であるFPGAはかつてAMDも手掛けたことのある領域である。昔はCPUやメモリなどのキーコンポーネントをつなげるグルー・ロジックと言われた。グルーとは糊の事であるから、キーパーツをロジック回路でつなげる半導体集積回路素子の「糊」であって、それ自体に大きな付加価値があるわけではない。しかし、プログラマブルなので、固定した回路パターンを半導体回路に焼き付けるASICよりは設計変更が常に要求される先端電子機器のデザインには抜群の柔軟性がある。

たまたまAMD時代からの付き合いである某FPGAベンダの知人に聞いてみたら、最近のFPGAは最先端のプロセステクノロジーを駆使し、今や集積度とスピードを向上させ、ARMなどのCPUコアも取り込んでおり、"糊"どころの話ではないと、しこたまレクチャーされた。最近ではディープラーニングや暗号化技術などの先端アプリケーションの半導体ソリューションとして、それ自体がキーパーツになっているのだそうである。FPGA、まさに恐るべしである。

これで今回、CFIUSが中国系ファンドによるLatticeの買収に待ったをかけた理由が読めてきた。トランプ大統領がこの辺の事情を理解していたのかどうかは定かではないが、何かと昨今、中国と対峙する米国の大統領が、国家安全保障を理由に待ったをかけた理由は十分に理解できる話である。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ

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インデックス

連載目次
第4回 ここがヘンだよ日本のエレクトロニクス産業
第3回 国家安全保障と密接に関わる米国の半導体産業
第2回 異業種間の買収が相次ぐエレクトロニクス業界の今昔
第1回 たかがハードウェア、されどハードウェア
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