今回のお題は「グリーン車Suica」である。JR東日本の首都圏エリア限定の話題になってしまって申し訳ないのだが、ご存知ない方は「JR東日本:Suica>利用方法>普通列車グリーン車の利用」ページを参照しながらご覧いただければと思う。
グリーン車Suicaの利用法
首都圏では昔から、東海道本線と横須賀線の普通列車に自由席のグリーン車を連結していた。グリーン車といっても特急列車のそれとは異なり、座席はまあ「特急列車の普通車レベル」なのだが、それでも他の普通車よりはグレードが高い。そして、東海道本線でも横須賀線でも固定客がついていた。
それを他の路線にも拡大、湘南新宿ライン、東北本線、高崎線、常磐快速線(取手以北の交流電化区間まで行く列車に限る)と版図を拡大して、現在に至る。車両は何形式かあるが、利用方法は同じだ。その名の通り、利用に際してはSuicaの厄介になる。
まず、ホームに設置してあるグリーン車Suica用の自動券売機で、利用区間に応じて料金を支払う。もちろん、これは手持ちのSuicaにチャージしてある分から引き落とせる。すると、グリーン車Suicaの利用情報が手元のSuicaに書き込まれる。
そして列車が来たら乗り込む。自由席だから、列車の指定や座席の指定はなく、空いている座席を見つけて座る。すると、頭上の荷棚にSuicaのリーダーがあるので、そこにSuicaをタッチする。前述したように、グリーン車Suicaの料金を支払った時点でSuicaの利用情報を書き込んであるので、それを読み取るわけだ。
すると、頭上のランプの色が変わる。これで、乗務員はグリーン料金の支払を済ませているかどうかを一目で区別できる。支払がまだなら「もしもし」ということになり、その場でグリーン料金を支払う。車内で乗車後に支払うと、同じ距離でも事前購入より割高になる。これはおそらく、事前購入を促すためのインセンティブと思われる。
E233系のグリーン車。照明の外側、個々の座席の頭上に赤いLEDが点灯しているのがお分かりいただけるだろうか。事前購入を済ませたSuicaをここにタッチすると、LEDの表示色が変わる仕組みになっている |
どういう仕組みなんだろう?
ここから先は推測の話である。
実際に使ってみて気になるのは、支払を済ませている人とそうでない人を識別する仕組みである。Suicaを車内のリーダーにタッチするまでは「支払未了」とみなす。これは分かる。
問題は、同じ列車の中で座席を移っても良いというルールになっている点である。別の座席に移ると、そちらは当然ながら頭上の識別ランプが「支払未了」状態になっているが、そこで最初に使用したものと同じSuicaをタッチすれば、また「支払済み」になる。単純にSuicaを単位にして「タッチしたか、していないか」だけで判断すれば、二回目以降は「タッチしていない」になっても不思議はない。
そこで頭をひねってみた。座席に着席しているかどうかは、機械的に識別できるだろう。たとえば、座面の下にマイクロスイッチを仕込んでおけば、誰かが座っているかどうかの区別はできる。ただ、すべての座席にマイクロスイッチを仕込むと配線とメンテナンスが大変なことになりそうなので、別の方法を使っているかも知れない。それはそれとして。
とにかく、座席に座ったということを検出したら、グリーン車Suicaの情報を書き込んだ「事前購入済みのSuica」をタッチしたかどうかを判断して、タッチがまだなら「支払未了」、タッチすれば「支払完了」とする。では、同一列車内で座席を移った場合はどうするか。
Suica(に限らず、交通系ICカード乗車券はすべてそうだが)には一枚ずつ、固有のIDが振られている。だから、Suicaをタッチしたときにグリーン車Suicaの支払情報だけでなく、SuicaのID番号も読み取っておけば、当該列車で初めてタッチしたのか、それとも席を移動してタッチし直したかの識別は可能だ。別の席に移ってタッチし直したときに、すでに読み取り済みのものと同じIDのSuicaなら「席を移動した」と判断すればよい。
では、列車が変わった場合、あるいは購入した区間を超過してしまった場合にはどうするか。
グリーン車Suicaの料金は距離別になっていて、営業キロ50kmを境界にした二段階構成だ。だから、50kmまでの分を購入しておいて50kmを超えても乗り続けていたら、NG判定しなければならない。たとえば、「東京駅から50km」のグリーン車Suica料金を支払って横須賀線に乗った場合、50kmを超過した最初の駅である鎌倉か、その手前の大船でNG判定する必要がある。
この距離の問題だけでなく、V型の折り返しになるケースや、途中でグリーン車の設定がない区間を挟むケースのように、1枚のグリーン券で連続して利用できない区間がある。逆に、同一方向で、連続してグリーン車の利用が可能な区間であれば別々に購入する必要がない(こうした事例の具体例はJR東日本のページにある)。
こうした状況を判定するには、利用を開始する駅に関する情報をSuicaに書き込むだけでなく、そのSuicaをタッチした当該列車が何線のどこ行きで、現在位置がどこなのかも知る必要があるのではないだろうか。
列車番号や列車の位置に関する情報は、モニター装置(本連載の第1回目を参照)があれば、そこから取ってくることができそうだ。制御伝送化した最近の車両なら、さまざまなシステムが共通のデータバスにぶら下がっているから、列車番号や列車の位置に関する情報をグリーン車Suicaのシステムと連接させるのは不可能ではないと思われる。
と、ここまで書いたところで気付いたのだが、旧い211系(高崎線で最近まで、1編成だけ残っていた)でもグリーン車Suicaを使用していた。この車両には、今の新型車両みたいなモニター装置も制御電送装置もない。さて、どうしているのだろうか。
と新たな疑問が芽生えたところで、今回はここまで。システムそのものもさることながら、システムのロジックについて考えてみるだけでも、なかなか興味深いグリーン車Suicaである。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。