本連載の第4回で列車無線を取り上げたが、これは基本的には音声通話のための機材である。走行中の列車の乗務員と、地上側の指令所などとの間で連絡を取るには有用な手段だし、口頭でのやりとりで済む話であれば、列車無線で困ることはないと思われる。

しかし、口頭でのやりとりに向かない、あるいは口頭でのやりとりが不可能な種類の情報というものもある。さて、どうする?

雪害対策のためのリアルタイム情報収集

雪が降ると困るのは、どんな交通機関でも同じである。ところが新幹線の場合、他の交通機関にはない独特の「雪害」が存在する。

雪が積もったところを新幹線が高速で走ると、車体の周囲で発生する気流の関係で、積もった雪が舞い上がり、それが車体の足回りなどに付着する。それだけなら在来線でも日常的に起きていることだが、東海道新幹線の場合、雪が降る場所は基本的に関ヶ原~米原~彦根にかけての一帯だけだ。

すると、この降雪エリアで床下に雪を付着させた列車が他のエリアに移動したときに、周囲の気温が上がり、床下に付着した雪が落下する。そして、バラスト(砂利)を跳ね上げて、車体や床下機器を壊したり、窓ガラスを割ったりする。

つまり、雪が舞い上がって車両に付着することが問題になるわけだ。ではどうすればよいかというと、雪が舞い上がらないようにすればよい。そこで、スプリンクラーを設けて雪を濡れ雪にしたり、降雪時に速度規制を発令したりしている。

そういった対策を発令するかどうかの判断基準は、気象情報、降雪検知器、運転士からの報告などといったものになる。営業列車が高速で走っているときに、線路に作業員や機械を入れて除雪を行うのは非現実的なので、こういう対処になっている。

そして最近、雪の舞い上がり状況を把握するための新兵器が登場した。それが一部のN700系に備え付けた車載カメラである。車載カメラといっても、運転台に前方向きに設置しているわけではなく、台車の様子を撮影している。夜間や悪天候で暗くなっても状況が分かるように、カメラの横には照明もちゃんと用意してある。

そして、その車載カメラの映像を指令所にリアルタイム伝送して、雪の舞い上がりが起きているかどうか、起きている場合にはどの程度の舞い上がり方か、といった情報を、指令所で把握できるようにしたのだ。その様子を見て、速度規制を発令するかどうか、スプリンクラーを作動させるかどうか、といったことを決定する。

キモは、現場の映像をリアルタイムで伝送して見られるようにしたところである。雪の舞い上がり具合を口頭で報告しようとしても、主観や言葉の選び方などの要素が入り込んでくるので、どこまで正確に情報が伝わるかどうか分からない。そもそも、舞い上がりは足回りで起きているのだから、運転士や車掌が現場を目視するのは難しい。

そこで、監視カメラとリアルタイム伝送の組み合わせという話になったわけだ。N700系が備える、安定輸送を支えるための隠れた機能のひとつである。

その他の分野でもリアルタイムの情報収集が可能?

N700系といえば、本連載の第22回で、JR東海がN700Aに導入した「台車振動検知システム」を取り上げた。これは車両側の故障発生につながる徴候を早期に把握しようとする試みだが、地上側の施設についても同様のことができるかもしれない。

例えば、個々の車両にセンサーを取り付けて、軌道の状態把握につながるデータを収集すれば、軌道狂いに関する情報を知る一助になるかもしれない。

2本のレールの間隔や高さなど、規程の範囲内に納めておかなければ乗り心地や安全に影響する要素がいろいろあるが、それは通常、決まった間隔で軌道検測車を走らせて調べている(第16回を参照)。

ただし、検測車は毎日走っているわけではないから、前回の検測を実施した後で急に軌道の状況が悪化した、なんていう場面で、状況の把握が遅れる可能性がある。架線の摩耗も、営業車両にレーザー計測装置か何かを取り付けて走らせていれば、架線の検測を毎日実施しているのと同じことになる。

毎日走っている営業列車でもって、軌道の状態を把握するためのデータを得られるのであれば、そちらの方が頻度が高く、迅速な状況把握につながると期待できる。ただし、営業用の車両に計測機器を追加すれば、それはメカが増えてコスト上昇につながるし、データをリアルタイム伝送しようとすれば尚更だ。そこがボトルネックになりそうだ。

このほか、本連載の第1回で取り上げたモニター装置にしても、リアルタイムの状況把握が可能になる可能性が考えられる。現在は、動作状況に関するデータを記録するのが一般的で、N700Aみたいに、モニター装置が個々の機器との間でやりとりしたデータを記録している車両もある。

ただしいずれにしても、データを取り出すのは仕業を追えて入庫した後だ。そこで、機器の動作状況、あるいは機器同士がやりとりした生のデータをその場で地上に伝送すれば、地上でも動作状況の把握が可能になる。

現実的な考え方、それとCBM

走る列車から大量のデータを無線で送るとなるとデータ量が多くなり、それだけ伝送が大変になる。そのことと、そもそもリアルタイムの状況把握がどこまで必要なのかということを考え合わせると、普段はデータを蓄積するだけにしておいて、何かトラブルが発生したときだけボタン操作ひとつで送信する、という手の方が現実的かもしれない。

また、リアルタイム伝送にしろ蓄積にしろ、機器の動作状況に関する生のデータを得られれば、状況に関係なく一定の間隔で点検や交換を行う代わりに、動作状況に合わせて最適な対処を行う、いわゆるCBM(Condition Based Maintenance)を行えるのではないか、という話につながる。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。