鉄道会社には営業用の車両とは別に、「事業用車」「職用車」と呼ばれる特殊な車両の一群がある。線路、架線などの電気設備、信号関連設備などを走行しながら検査する、いわゆる「検測車」は、そうした事業用車の一種である。営業運転に使用するものではないので直接的な売上にはつながらないが、安全な運行を支える重要な車両だ。

検測車って何をするの?

たとえば線路の検測であれば、線路の間隔(軌間)が適正かどうか、上下・左右方向の位置ずれが生じていないか、といったことを調べなければならない。架線であれば、磨耗状況を確認して、基準を下回りそうになったら新しい架線に張り替えなければならない。

信号関連機器、あるいは本連載の第5回で取り上げた各種の保安装置(ATS、ATCなど)についても、正しく動作しているかどうかを確認しなければならない。たとえばの話、停止信号が出ているのに、ATS装置が適正な指示を出さず、列車を止めなかったら一大事である。こういった検査を走りながら行うのが、検測車である。

このほか、建築限界測定車というものもある。トンネル、架線関連の各種設備、駅のホーム、柵やロープなど、線路沿いに設置してある構造物や機材がいろいろあるが、そういったものが建築限界(車両にぶつからないようにする目的で規定している、建築物に許容される設置範囲のこと)の範囲内にはみ出していないかどうかを確認するためのものだ。

実は、こうした確認のための検測作業自体がハイテク化している。機器の保守整備を容易にするとか、検測作業そのものの精度を上げるとか、後述するデータ伝送機能への対応とかいった事情によるものであろう。

分かりやすいのは建築限界測定車だ。昔は建築限界の断面形状に合わせて車体の周囲に矢羽根を突出させて、建築限界を侵している構造物があると矢羽根が押されて動き、どの地点でどの矢羽根が作動したかを記録するという、分かりやすいがローテクな(?)方法を使用していた。これでも目的は達成できるが、多数の矢羽根が問題なく機能するように保守・検査する手間はかかりそうである。

ところが最近の建築限界測定車は、CCDカメラやレーザーを使用する非接触式の検測を行うようになった。JR東日本のマヤ50は、そうしたハイテク建築限界測定車の一例である。たとえばレーザーの場合、発振したレーザー光線が反射して戻ってくるまでの時間を計測すれば距離が分かるので、その時間が許容範囲を下回ったら、許容範囲内にはみ出した構造物がある、と判断できる。そして、走りながら自車位置とレーザーの反射時間を連続的に記録することで、建築限界を侵している構造物の有無と、その場所を把握できる。

架線の磨耗計測も同様に、レーザーを照射する方法で計測できる。高頻度でレーザー・パルスを照射すれば、磨耗の状況を連続的に把握できる理屈だ。レーザーは直進性が強いから、そのレーザー光を基準線にして車体や台車まわりの動きを調べることで、軌道関連の検測を行うこともできる。

最近のトレンドは総合検測車

昔は、この手の検測車は用途ごとに別々の車両を用意していたものだが、近年では総合試験車が主流になった。複数の種類の検測車をひとつの編成にまとめて、電気・軌道・信号といった対象をまとめて検査するものだ。

その中でも、もっとも有名なのが、いわずと知れた東海道・山陽新幹線の「ドクターイエロー」こと923形と、東北・上越・長野・山形・秋田新幹線の「East i」ことE926形であろう。

おそらくは「日本でもっとも有名な検測車」である、東海道・山陽新幹線のドクターイエローこと923型。なにしろ、検測車をかたどった駅弁が売られているのは、これだけかもしれない

923型が備えるパンタグラフと、その手前にある観測用ドーム。後者はビデオ撮影や目視観察を行えるようにするためのもので、(この写真では分からないが)雨天に備えてちゃんと観測窓にワイパーがついている

こちらはJR東日本の新幹線用電気軌道総合試験車「East i」。山形新幹線や秋田新幹線といった新在直通区間に入線できるように、車体が在来線サイズになっている

在来線でも、JR東日本のE491系(East i-E)やキヤE193系(East i-D)、JR東海のキヤ95系、JR西日本のキヤ141系、小田急電鉄のクヤ31形(テクノインスペクター)、東急電鉄の7500系(ToQ i)など、さまざまな検測車を保有・運用している。

ちなみに、検測車は自社の線路ならどこでも走れないといけないので、非電化区間を抱える会社では、検測車を電車ではなく気動車にする必要がある。しかも、それが電化区間の検測も行うので、気動車なのにパンタグラフを載せている。実はこれ、走行用ではなく検測用のパンタグラフである。

JR東日本の電化区間向け検測車「East i-E」。左から2両目に連結しているのが、建築限界測定車のマヤ50。車体の側面にいくつも並んだ縦長の窓の中に、光学式の計測装置が収まっている

JR東日本の非電化区間向け検測車「East i-D」。これ自体は気動車だが、電気設備の検測に備えて検測用パンタグラフや観測用ドームを持つ

また、検測方法がハイテク化するだけでなく、それによって得たデータをリアルタイム伝送する事例もある。リアルタイム伝送を行わない場合、記録紙に出力したり、ストレージデバイスに保存したりしたデータを基地に持ち帰ってから、おもむろに解析して対応策を立案することになる。ところが、リアルタイム伝送が可能なら、それだけ対応策の立案が早くなる。しかるべき人手と機材を確保できていれば、「昼間に検測した結果に対して、その日の夜に対応する」なんていうことも可能かもしれない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。