2011年7月21日、スペースシャトル・アトランティスが、STS-135ミッションを終え、米フロリダ州にあるケネディ宇宙センターに帰還した。これは同ミッションで終わりであると同時に、スペースシャトル計画の終わりでもあった。

スペースシャトルは1981年4月12日に1号機のSTS-1コロンビアが打ち上げられ、以来30年に渡り、5機のシャトルによって、135回のミッションが行われた。その中で、833人の宇宙飛行士を宇宙に運び、ハッブル宇宙望遠鏡をはじめとする数多くの人工衛星を宇宙に送り込み、何より後年は国際宇宙ステーション (ISS) の建設や補給などで活躍した。

それほどの名機であるスペースシャトルが引退した理由には、システムが古くなり、維持や運用が大変になったことや、2003年2月1日に起きた STS-107コロンビアの空中分解事故の影響などがある。それらを踏まえ、最終的に引き金となったのは、2004年1月14日に当時のジョージ・W・ブッシュ大統領によって発表された「宇宙探査ビジョン (Vision for Space Exploration)」の中で、「スペースシャトルを2010年までに引退させる」と明言されたことだ。

「宇宙探査ビジョン (Vision for Space Exploration)」を発表するブッシュ大統領 (C)NASA

このビジョンではまた、「新しい宇宙船クルー・エクスプロレーション・ヴィークル(CEV:Crew Exploration Vehicle)を開発する」ということも謳われていた。CEVはスペースシャトル引退後のISSへの宇宙飛行士の輸送を担うと共に、ゆくゆくは月や火星、小惑星への有人飛行にも使うこととされた。

このCEVこそが、後にMPCV、つまり現在のオリオンと名付けられることになる宇宙船だ。

この大統領からの命を受け、NASAはコンステレーション計画と呼ばれる、大規模な有人宇宙探査計画を立ち上げる。これはCEVの他、それを打ち上げるためのロケットの「アレス I」、また貨物専用の超大型ロケットの「アレス V」、そして月に着陸するための着陸機「アルタイル」を開発、運用するというものだ。

CEVの仕様は2004年中に固まり、翌2005年初頭には、米国内の航空宇宙企業に対して、NASAから提案依頼書が出された。そして2005年6月13日、その提案に応じた企業のうち、NASAはロッキード・マーティンとノースロップ・グマランの2社に設計の検討を行わせる契約を与えた。NASAは両社が出した設計を検討し、2006年8月31日にロッキード・マーティンと最終的な契約を結んだ。

なお、この数日前の2006年8月22日には、CEVを「オリオン」と名付けることが発表されている。

ロッキード・マーティンでは当初、小さいながらも、スペースシャトルのような翼を持つタイプも検討されたが、最終的にはアポロ宇宙船を拡大したようなカプセル型にすることとなり、設計が進められた。

月に向かうオリオンとアルタイル (想像図) (C)NASA

オリオンの開発は比較的順調ではあったものの、コンステレーション計画は難航し、実現の可能性や、将来の発展の余地といった観点から、NASA内外から批判の声が上がっていた。

計画が難航した背景には、技術的な問題も多かったが、NASA自身がコロンビア事故後の対応や、スペースシャトルの運用再開の業務に追われたためでもある。当時のNASA長官であり、コンステレーション計画を率いることになったショーン・オキーフ氏は、前任は行政管理予算局(OMB)の副局長で、さらにそれ以前には国防省の主任財務官などを務めていた、いわば経理屋であった。彼がNASA長官に任命された背景には、NASAにコスト管理を徹底させるという思惑があったためであったが、残念ながらスペースシャトル計画の後始末と、コンステレーション計画の立ち上げの両方を推し進めるには力が足らなかった。結局、彼は2005年2月1日にNASA長官を退任する。

2005年4月4日には、新たにマイクル・グリフィン氏がNASA長官に任命された。グリフィン氏は技術屋で、かつてはNASAの他、戦略防衛構想(SDI)にも関わり、また民間企業に籍を置いたこともあり、そうした幅広い経験を買われての起用だった。

しかし、コンステレーション計画に対する批判の声が強くなる中で、グリフィン長官は難しい舵取りを強いられた。彼の在任中、コンステレーション計画はある程度は成果を出しつつあったものの、ブッシュ大統領の退任に伴い2009年1月2日にNASAを去った。退任を巡っては、「オバマ大統領が望むのであれば長官を続けても良い」などと公言し、また共和党から民主党への政権移行チームに協力しなかったりと、不遜な態度で大きな顰蹙を買った。また彼の奥さんと共に、関係者に対して泣き落としで留任を働きかけるなどの前代未聞の言動も話題になった。ただ裏を返せば、大統領の肝いりで始まったはずのコンステレーション計画が、遅々として進まないことへの苛立ちの表れでもあったのだろう。

2009年1月20日、バラク・オバマ氏は米国第44代大統領に就任した。しかしNASA長官の椅子はなかなか決まらず、半年ほど経った2009年7月15日、米上院は元海兵隊員で、そして元宇宙飛行士でもある、チャールズ・ボウルデン氏をNASA長官に任命した。

これをきっかけに、オリオンに大きな転機が訪れる。