前回の記事の後段で、米海軍の電子戦機・EA-18Gグラウラーの話を少し書いた。そのグラウラーに限らず、電子戦を仕掛けるために専用の機体を保有している国はいくつかあるのだが、それとは別に、戦闘機や爆撃機も自前の電子戦機能を備えている。もちろん、専任の電子戦機ほどの重装備ではないが。

自衛用電子戦装備が必要になる背景

戦闘機や爆撃機が搭載する電子戦用の機材を、自衛用電子戦装備と呼ぶ。その名の通り、あくまで自分の身を護るためのものである。それに対してEA-18Gみたいな専任の電子戦機は、他の友軍機に電子戦によって掩護の傘を差し伸べるのが仕事だから、それだけ強力な機材を必要とする。

戦闘機や爆撃機が自衛用電子戦装備を搭載するようになったのは、ベトナム戦争の頃からだ。なぜかというと、ソ連軍を師範とした北ベトナム軍は、レーダー・対空砲・各種の地対空ミサイルを組み合わせた濃密なソ連式防空網を構築していて、そこに突っ込んで行った米軍機が少なからぬ損失をこうむったからだ。

そこで例によって「矛と盾」の法則が発動して、「敵が防空網を充実させるのであれば、こちらはそれを無力化したり突破したりするための策を講じる」という図式になった。

防空網の脅威を大別すると、以下のようになる。

・対空捜索レーダー(敵地に侵攻したときに見つけられてしまう)
・対空砲(低空に舞い降りると痛い目に遭わされる)
・赤外線誘導の地対空ミサイル(主として低空に舞い降りると痛い目に遭わされる)
・レーダー誘導の地対空ミサイル
 (天候に関係なく痛い目に遭わされる。どちらかというと射程が長く、カバーできる高度は高い)


ということは、まず対空捜索レーダーを妨害によって無力化して、探知されないように努力する必要がある。それを突き詰めた結果がステルス機というわけである。

対空砲はというと、弾自体は誘導機構を持たないので、目標の捜索や射撃管制に使用するレーダーを妨害すればいい。狙いがいい加減になる効果を期待できるからだ。そこで、対空砲の射撃管制レーダーに照射されているかどうかを知り、照射されていたらそれを妨害するという図式になる。

赤外線誘導ミサイルは、誘導機構を備えている点に違いがあるが、目標を捕捉して発射したら、後はミサイル任せである。ということは、ミサイルを目標に指向するための捜索レーダーを妨害したり、飛行機よりも強力な赤外線を発して贋目標となるフレア(火炎弾)を放ったりして対処する。

厄介なのはレーダー誘導の地対空ミサイルだ。撃った後も射撃管制レーダーを使って追尾してくるから、確実に外れたと判断できるまで、射撃管制レーダーを妨害しなければならない。

そして自衛用電子戦装置の立場から見ると、敵のレーダーが発する電波を何も受信していなければ、さしあたり慌てる必要はない。しかし、対空捜索レーダーの電波を受信したら「見つかったぞ」ということになるし、射撃管制レーダーの電波を受信したら「やばい、直ちに妨害しろ」ということになる。

敵のレーダーが発する電波に対して受信と警報を担当するのがレーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)で、機体の各所に複数のアンテナを取り付けて全周をカバーする。また、アンテナごとの受信タイミングの違いを利用して、発信源の方位を突き止める。脅威ライブラリが揃っていれば、発信源の種類を知ることもできる。その情報を、コックピットに設けたディスプレイに表示するわけだ。

ちなみに、赤外線誘導ミサイルは自ら何かシグナルを発するわけではないので、電波に聞き耳を立てていても飛来を知ることはできない。そこで、ミサイル接近警報装置(MWR : Missile Warning Receiver)が登場する。これは、飛翔するミサイルが発する排気炎に含まれる、赤外線や紫外線を探知する仕組みだ。

低空を飛行するヘリコプターでは、地上にも赤外線を発するものがいろいろあって紛らわしいという理由から、紫外線を探知するものが多い。高空を飛行する固定翼機は、そういう事情がないので赤外線を探知するものが多い。

その赤外線誘導ミサイルを妨害するには、前述したフレアを撒く方法に加えて、レーザー光線を赤外線シーカーに浴びせる方法もある。機動によってミサイルを回避することはできないが、機器の搭載スペースはある、大型の輸送機や給油機が主として用いる方法である。

F/A-18E/Fにみる、いまどきの自衛用電子戦装備

F/A-18E/Fスーパーホーネット・ブロックIIは、自衛用電子戦装備としてAN/ALQ-214(V)統合電子戦システムを装備している。何が「統合」なのかというと、脅威の探知や対処に使用する各種の機材をバラバラに装備するのではなく、相互に連接して一体のものとして動作させているところである。

個々の機材を連接していないと、「レーダー警報受信機(RWR)でレーダー電波の照射を受けていることを知り、レーダーの種類や方位を把握する」→「搭乗員が、最適な対抗手段が何かを判断する」→「対抗手段の使用を指示する」という手順を踏む必要がある。その過程で判断ミスや操作ミスがあれば、自分が撃ち落とされてしまう。

そこで統合電子戦システムでは、探知・識別した脅威に合わせて最適な対抗手段を自動選択して、それを作動させる。こうすることで迅速な対応を図り、生存性を高める効果を狙っているわけだ。もちろん、パイロットが介入して手作業で指示することもできるだろうが。

その統合電子戦システムを構成する機材は、以下の面々である。

AN/ALQ-214(V)本体(BAEシステムズ/ITTアビオニクス製)
IDECMの中核となる機材で、C++言語で書かれたソフトウェアを使って動作する。

AN/ALE-55曳航デコイ(BAEシステムズ製)
光ファイバー・ケーブルを使って囮を曳航する。単にレーダー電波を反射するものではなくて、囮が自ら贋電波を発して「こちらが本物の飛行機だよ~」と嘘をつき、飛来するミサイルに対して「おいでおいで」をする仕組みになっている。

その贋電波発信機は使い捨て式だが、オプション品として再利用が可能な製品も用意している。もちろん、飛来したミサイルが命中すれば破壊されてしまうが、壊されずに済んだ発信機は再利用できるので、それだけ経済的だし、対応できる脅威の数が増える。

AN/ALR-67(V)3 (レイセオン社製)
いわゆるRWRである。

AN/ALE-47 (BAEシステムズ社製)
レーダー向けに贋目標を作り出すチャフ(アルミ・コーティングを施した樹脂膜)、あるいは赤外線誘導ミサイル向けにフレアを発射する機材で、F/A-18E/Fでは4基・120発分を装備する。


ちなみにスーパーホーネットの場合、ミサイル接近警報装置はオプション品扱いで、標準装備ではない。ヘリコプター、輸送機、特殊作戦機は運用高度が低く、赤外線誘導ミサイルが飛来する機会が多いからなのか、ミサイル接近警報装置を標準装備するものが多い。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。