過去2回に渡って、一般的な機雷と、それへの対処について述べてきた。締めくくりに、ちょっと嫌らしい機雷の話をしつつ、IT屋の視点からあれこれと考察してみようと思う。

Mk.60 CAPTOR

というわけでお題は、米海軍が冷戦中に開発したMk.60キャプター(CAPTOR : Encapsulated Torpedo)機雷である。

確かに、海底に仕掛けて音響をトリガーとして作動するところからすれば「音響に感応するタイプの沈低機雷」といえるのだが、Mk.60が一般的な機雷と違うのは、炸薬を爆発させる代わりに、Mk.46対潜魚雷をぶっ放すところである。

もうちょっときちんと説明すると、Mk.60はパッシブ・ソナーを内蔵している。そして、潜水艦らしき音響を聴知するとMk.46魚雷を発射する。つまり、普通の機雷なら機雷の近所にいなければ「まあ安全」といえるのだが、Mk.60は機雷(が発射した魚雷)が追いかけてくるので、Mk.46魚雷の有効範囲内にいる限りは危ない。

これを、敵潜がどうしても通航しなければならない、水深があまり深くない海峡部など(こういう場所のことを、業界用語でチョーク・ポイントという)に設置して、敵潜の通航を阻止してしまおうというわけだ。敵潜の基地がある場所の沖合に設置するのもアリだろう。

と、これだけ聞くと「ふーん」となるのだが、よくよく考えてみると、あまり簡単に使える代物でもなさそうである。

疑問点1 : いつ設置するか

ソナーを内蔵して、コンピュータが発射の可否を判断して魚雷を撃つ。ということは、電源が必要である。地上の基地や水上艦から電源ケーブルを引っ張るわけにも行かないから、当然、電池を内蔵させる。ということは、その電池があがってしまえば、Mk.60は役立たずである。

すると、平時から敷設しておいて、いざ花火が上がったら活性化させる、という使い方はできない。いつ第三次世界大戦が始まるか分からないのに、普段から敷設しておいたのでは、本当にそれが必要になったときに電池切れ、なんていうことになりかねない。戦端が開かれそうなタイミング、あるいは戦端が開かれた後で、チョーク・ポイントや敵潜の基地の近所に、こっそりと敷設しなければならない。

だから、Mk.60は潜水艦の魚雷発射管から撃ち出せるようになっている。潜水艦を使って敷設すれば、敷設したことを知られずに済む可能性は高い。これに限らず、潜水艦の魚雷発射管から撃ち出せるようなサイズ・形状にした機雷は他にもいろいろある。

なお、Mk.60は航空機や水上艦からの敷設も可能である。もっとも、米海軍はソ聯海軍と違って、機雷敷設能力を備えた水上艦に乏しく、機雷敷設艦の持ち合わせもないから、実質的には航空機か潜水艦の二択だろう。

疑問点2 : 敵潜の識別

もっと困った問題は、聴知した目標が敵潜かどうかの判断である。

よく知られているように、潜水艦(に限らず、おそらくは水上艦も同じだが)が発する音は、クラスや個艦ごとに違いがある。だから、聴知した音のデータベースをこしらえておけば、パッシブ・ソナーで聴知したデータと比較照合することで、相手が何者なのかを突き止められる可能性がある。そこで、第92回でも触れた高速フーリエ変換(FFT : Fast Fourier Transform)が役に立つ。

水上艦や潜水艦、あるいは海底にソナーを固定設置するSOSUS(Sound Surveillance System)なら、データを処理するコンピュータは陸上にあるから、データベースの内容は逐次更新できる。しかし、小さなMk.60機雷の中に、膨大な量がある音響情報データベースを詰め込めるのか。ムーアの法則を敷衍すれば、18ヶ月ごとに詰め込めるデータ量は2倍になるはずだが、そんなにうまいこと話が進むのかどうか。

また、フネや地上施設のコンピュータと違って、機雷は数が多い。1発ずつ個別に最新の音響情報データベースをロードしてから、それを潜水艦に積み込んで現場に持っていって敷設する、なんていうやり方が成り立つのか。

そして、確実に敵潜であると断言して魚雷をぶっ放すことができるのか。誤判断して味方の潜水艦や水上艦に魚雷を撃ってしまったら、「1発だけなら誤射かも知れない」なんて暢気なことはいっていられない。

となると現実的には、Mk.60を敷設する場所は敵潜以外に誰も通りそうにない場所で、かつ、身内や同盟国に対しては敷設後に「そこは立入禁止海域にする」と告知するしかなさそうである。理由まで説明する必要はなくて、ただ「立入禁止」とだけいえばよろしい。

疑問点3 : 魚雷の調定

Mk.46みたいな対潜魚雷は直進するわけではなく、それ自身、ソナーを内蔵するホーミング魚雷である。そして、発射する前に、目標に関するデータや捜索・航走のパターンを入力する必要がある。

たとえば、ヘリコプターが潜水艦を見つけて魚雷を投下するときには、「捜索開始深度100フィート、雷速40kt、スネーク航走」とかいう具合に指示してから投下する。すると、魚雷は指示された通りに動作する(はずである)。

それと同じことを、無人のMk.60機雷の内蔵コンピュータに要求することが、果たして現実的なのか。そもそも、機雷が内蔵できる程度の小さなソナーの情報だけを手がかりにして、適切な判断ができるのか。

時代を考えると…

そもそも、前述した識別機能にも関わる話だが、Mk.60の制式化は1979年。まだパソコンというよりマイコンの時代である。そんな時代に、機雷に内蔵できるほど小型で、かつ充分な性能を備えたコンピュータを実現できたかどうか。

といったことを考えると、実はそれほど手の込んだ仕掛けは持っていなかったのかも知れないと思える。結局のところ、細かい話は端折って「聴知したら撃つ」という単純な話になりはしないか、という話である。

もっとも、ハイテクならえらい、複雑で精緻な動作をすればえらい、とはならないのがこの業界の面白いところで、要は、求められた機能を実現できていればOK。技術的に足りない部分があれば運用でなんとかできないか、という傾向は確かにある。

だから、識別・調定の能力が限られるのであれば、Mk.60自身の機能は「聴知したら撃つ」と単純化しておいて、友軍や第三者へのトバッチリを防ぐには「敷設海域には立ち入らない」という運用で解決する。それがもっとも現実的な使い方であるかも知れない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。