先取りファッションの限界

自分で商売をはじめてから発言には気をつけています。不良用語でいう「吐いた唾」は飲めず、言動不一致は信用を損ねるからです。ところが、テレビを見ていると唾を吐きっぱなしの人を多く見かけます。「モテない」と自称している経済学者が芸能人の恋愛を語り、非合法な取材も辞さないジャーナリストが法律論を展開することに「おまえがいうな」というツッコミははいりません。

また、ある女性タレントは「エコロジー」に一家言を持っており、評論家的立場で数々の番組に出演していますが、彼女はその日の朝に収穫された野菜を使う六本木のレストランを絶賛します。しかし、産地から都心の六本木への「輸送」を考えれば地球に優しくないのは明らかです。

さらに、真冬に「ノースリーブ」で生番組に出演するのもどうでしょう。ファッションは季節を先取りするものだとはいえ、「エコ」を語るなら季節にあったファッションで暖房費を節約すべきではないでしょうか。

言うだけなら簡単なんですよね。これはビジネスの現場でも同じです。

地元で35年の地域新聞

K女史は20年の歴史がある地域新聞の経営を引き継ぎました。

ある宴席で地域新聞の創業者と同席となり、折からの不況に廃刊を考えているとこぼした創業者にK女史は真っ向から反対します。おかれている状況と問題点を指摘し、改善策を提示します。続いて埋もれている地域の若手の才能を引き出し、人と人をつなぐことも地域新聞の役割で「利益は後からついてくるものだ」と持論を展開します。創業者はその「論」に感銘し、K女史に経営権を無償で譲渡したのです。

K女史は様々な会合や、ベンチャー企業の創業者や若手経営者の勉強会に参加しました。そこで知り合った「若手」を地域新聞で取り上げることは、まさしく彼女が目指すもので、同時に、メディアへの掲載を喜ぶ経営者は多く、彼女の周りには自然と人が集まります。この構造は一般的な「メディア」でも同じで、知人や周囲の人間を重用する傾向が強く、これを「人脈」と呼び、K女史の狙い通りはここにあります。あとは利益がついてくるのを待つだけです。

ある勉強会でのこと。地域新聞の役割は「ネット」にシフトしていくという若者がいました。「ホームページ制作」で起業したばかりの若者です。

創業者が絶対に困る質問

K女史はネットの可能性を認めながらも、地域新聞は「人と人をつなぐ」ものであり、ネットに置き換わることはないとし、ことさらリスクを強調します。例えば、「米国国防省でも侵入される」とハッカーによる攻撃を怯えてみせます。これに若者が「そのレベルのハッカーになると地域サイトなど相手にしない」と答えても、「相手にしない可能性は?」と続け、当時は施行前で法律家のあいだでも運用上の解釈が分かれていた「個人情報保護法」を持ち出し、情報管理の難しさをアピールします。若者が負けじとこれらに反論していくと、意地悪な笑みを浮かべてK女史はこう問いかけます。

「そこまでいうなら実績は?」

言葉に詰まった若者に、自身の地域新聞サイトの低調をあげつらい、一方で紙媒体の地域新聞の実績を喧伝します。「これから」はじめるものが実績などあるわけありません。K女史の問いかけは芽吹いた双葉をセメントで塗りつぶすようなもので、若者がこの勉強会に足を運ぶことは二度とありませんでした。

自分の価値だけで人を測る

実はK女史、ネットを全く理解していませんでした。ネットを否定する実績の論拠にした地域新聞サイトは、素人目にも片手間で作ったと分かる簡単なもので、更新は常に滞っていました。これでネットを語るのは、ママチャリしか運転したことがない主婦が、F1レーサーのドライビングテクニックを批評する「評論家0.2」です。

地域新聞がネットに置き換わるといわれても何もイメージできず、自分の無知を隠すために攻撃したのです。不得意な話題をネガティブに論評するのは「テレビ評論家」にも見られる特徴です。

K女史の誇る「実績」とは地域新聞のことで、これは彼女が積み上げたものではないことは言うまでもありません。それどころか、編集経験も経営経験もありませんでした。職を転々とし、編集プロダクションの雑用アルバイトをしていたときに地域新聞の創業者と知り合い、酒席での「評論」で社長になったのです。叩き上げの創業者は口べたで、弁舌爽やかな彼女に期待しました。また、地域新聞は赤字が続き廃刊を検討したのですが、創業者は地元の名士でメンツがあり決断できずにいました。つまり、「ヤメ時」を探しており「渡りに船」とK女史に譲渡したのが実状です。

その後のK女史はスポンサー集めに苦戦し、紙面の充実もできず、もちろんネットは放置されたままです。人が集まっても金は集まらずに、利益はどこからもやってきませんでした。取材は受けても金は出さないという人は少なくありません。そして、地域新聞は別の企業に譲渡されました。「評論」と「実戦」は全く別物です。評論家の「吐いた唾」は商売の現場では通用しないのです。「経済学」や「経営学」を学んだ大学教授が商売で成功しないのも同じ理由です。

ちなみに、「若者」は今ではネット業界で多少名の知れた存在となっています。

エンタープライズ1.0への箴言


「評論がやたら上手い人物は要注意」