「つくづく面白い国だな」と思う。北欧の大国・スウェーデンのことだ。福祉にスポットが当たることが多いが、トップレベルのブロードバンド普及率を誇るIT立国であり、「環境をビジネスに」と環境立国も目指している。さすがはヴァイキングの子孫、したたかさと合理さを併せ持つのがこの国の人々だ。
今回驚いたのは、新しいベンチャー企業誕生などの類ではない。ファイル共有(正確には「知識の共有」)を推奨する思想グループが、国から正式に宗教団体として認められたと聞いたからだ。"ファイル共有の温床"と指摘されることもあるBitTorrentの検索サイト「The Pirate Bay」を生んだこの国では、インターネットは産業にとどまらず、政治・哲学・宗教といった分野に影響を及ぼし始めているように見える。
クリスマスの直前に宗教団体として発足したのは「Kopimistsamfundet(英語名はChurch of Kopimism、以下Kopimism)」だ。Kopimiの意味は「Copy Me」で、情報やコンテンツのコピーによる共有を奨励している。
Kopimismの創始者は20歳の哲学専攻の学生であるIsaac Gerson氏だ。コンテンツの共有は「海賊(=pirate, piracy)」と言われることが多いが、Gerson氏は情報の共有は「美」や「愛」と考えている。Gerson氏はブログで、「情報は高徳なもので、コピーすることは神聖な行為」「コピーされることは賞賛の最高形」と説いている。シンボルはピラミッドの中央にC(コピー)を配したマークで、「Ctrl+C」「Ctrl+V」(おわかりだろう、コピーとペーストのコマンドだ)を崇拝物としている。
Kopimismのニュースを読みながら、スウェーデンで発足した政治団体「海賊党」を思い出した。2009年の夏、欧州議会選挙で議席を獲得して勢いに乗っていた海賊党の創始者、Rickard Falkvinge氏と話をする機会があった。Falkvinge氏は特許システムの廃止と著作権法の見直しを柱に政党を打ち立てた人物で、「共有はよいこと」を基本的な考えとしている。「インターネットによって容易になる共有の時代に向け、制度も変えていこう」というのがFalkvinge氏のアイディアで、海賊党はその後、ドイツ、英国にも広がった。特にドイツでは、2011年のベルリン市議会選挙で大躍進し、15議席を獲得したことが大きく報じられた。
スウェーデンの英語情報誌「The Local」などを見ていると、やはりKopimismは海賊党と関係があるようで、Gerson氏は海賊党のサポーターとして活動していたとのこと。哲学を学ぶGerson氏は、共有の思想から宗教性を見いだしたのかもしれない(宗教には明るくないが、どの宗教も基本的に共有することを推奨しているとは思う。だが、17・18世紀に法律として登場した著作権のあるものとなるとどうなのだろう?)。
Gerson氏は2010年にKopimismの土台構想を練り、その後1年以上にわたり、宗教団体としての申請を試みた。現在、KopimismはGerson氏のほか、チェアマンとしてGerson氏の右腕を務めるGustav Nipe氏が主導しているようだ。Kopimismによると、宗教団体として認められた後、信者は急増し3,000人を超えるという。
Kopimismとはどういうものか、もう少し詳しく説明しよう。情報はそれ自体に価値があるという大前提の下、各自が持つ情報を等しく分け合うよう諭している。他の人の情報をコピーやリミックスすることは、敬意を表する行為、受け入れを示す行為であり、情報がコピーされれば価値も増えていく
このように、コピーという行為はKopimismにおいて柱となっている。単にコピーするだけではない。情報を持つメンバーに対しては、自分のコンテンツやWebサイトにkopimiのロゴを付けてほかの人と共有したいという意思を示すことも奨励している。KopimismのWebサイトには、"Copy and Seed"(コピーして種を蒔け)という文言が繰り返し見られる。
Kopimismのメンバーになるのに大きな制約はないようだ。Kopimismの思想に同意して実践する、そのためにKopimismにいくつかの個人情報を開示することに同意すれば、誰もが信者になれる。実際、ロシア語のWebサイトが立ち上がったと思ったら、この1~2日間でカナダ、米国、フランス、デンマーク、ルーマニアと、各国で次々とKopimismのサイトが立ち上がっている。
Kopimismは宗教団体として認められたが、「セクト(カルト)ではなくなった」というだけで、法が変わったわけではない。著作権のあるものの複製が法で認められない限り、著作権を持つ音楽や映画をファイル共有すると不正行為となる。なお、The Localによると、スウェーデンで宗教団体として認定されることは、企業の登記とそれほど大きく変わらないとしている。
コピーが正しいことなのかは各人により意見が異なる。だが、スマートフォンを一度使い出すとフィーチャーフォンに戻れないように、インターネットにより一度得た"イネーブラー"を人々から奪うことは難しい。
海賊党のFalkvinge氏は、「海賊党結成という事象は、環境の主義・主張を政治に反映させようと政党(緑の党)が誕生したのと同じことだ」と語っていた。新しい時代とはどうあるべきか、スウェーデンの試行錯誤から世界が学ぶことは少なくないように思える。