今日は超大物ラッパー、ジェイ・Z(Shawn “Jay-Z" Carter)の話をしよう。

先日、米国の経済誌Bloomberg Businessweekのウェブサイトを観ていたら、「デュラセルとパワーマットがつくった合弁会社(JV)にジェイ・Zが出資、非接触充電装置のマーケティングに力を貸していく」というBloomberg TVのニュースが流れていた。



Jay-Z's Wireless Phone Charger - Bloomberg

スマートフォンなどのガジェットを置くだけで充電できてしまうという非接触充電パッド(と対応ケース)は、昨年あたりから日本でもぼちぼち出始めているから、まだ使っていないにしても「見聞きしたことくらいはある」という方も少なくないだろう。この非接触充電装置の市場は今後急成長が期待され、一部にはいまの4億5600万ドルから5年間で70億ドル程度まで市場規模が拡大するとの予測も出ているという。

["24-Hour Power System" - Foxnews]

デュラセル・パワーマットという会社はこの分野の最大手メーカーだそうだが、元々はイスラエル生まれのベンチャー企業であるパワーマット(2007年創業)と、老舗の電池メーカー、デュラセル(Duracell:いまは洗剤から化粧品、食品まで扱う世界最大の一般消費財メーカー、P&G傘下のブランドになっている)とがつくったJVで、ジェイ・Zはまず自分が所有するニューヨークはマンハッタンにある「40/40 Club」というクラブにこの充電マットを設置することから手を貸していくらしい。もっとも、デュラセル・パワーマットはすでにNBAのニューヨーク・ニックスの本拠地であるマジソン・スクェア・ガーデンをショウルーム代わりに使って、自社の製品を宣伝しているという。ヒップホップの世界とバスケットボールの緊密な結びつきを考えると、このジェイ・Zとのパートナーシップやクラブへのサンプル設置という施策もそれほど意外なことではないかもしれない。

[24-Hour Power System"の宣伝用ポスター(?) - Foxnews]

自分の知名度を活かして手広く事業を展開していくというパターンは、成功した黒人アーティンストの間でわりと以前から定着している感がある。それが音楽レーベルであったり、アパレルブランドであったりとジャンルは多岐にわたるが、その例はジェイ・Z以外にいくつもある。ジェイ・Zの奥さんであるビヨンセの「House of Dereon」ブランドなどもそうした例のひとつといえよう。またガジェットの世界でも、ラッパーのプロデュースでヘッドフォンを売り込んでいくというのは定石となっていて、大成功したDr.ドレ(Dr. Dre)の例に続けとばかり、50セント(50 Cent)、リュダクリス(Ludacris)あたりも続々と参入。

ちなみに、この話が紹介されているFast Company誌の記事には、2008年に「Beats by Dr. Dre」ブランドの製品が世に出る前、100ドル以上する中~高価格帯のヘッドフォンの市場規模は年間9,200万ドル程度、それが4年後には5億1,200万ドルまで拡大、というのだから、たいしたものである。

50 Cent Remixes Beats By Dre With SMS Headphones - FastCompany

この立役者となったビート・エレクトロニクス(Beats Electronics)という会社は、Dr. ドレ(Dr. Dre)と、音楽プロデューサーで『アメリカン・アイドル』のメンター役でもお馴染みのジミー・イオヴァイン(Jimmy Iovine:インタースコープ・ゲフィン・A&Mレコード会長)が一緒につくった会社で、昨年8月に株式の過半数を大手スマートフォンメーカーのHTCに3億ドルで売却したことが伝えられていた。

HTC、米高級ヘッドフォンメーカーの大株主に - オーディオ関連技術強化で差別化へ - WirelessWire

ジェイ・Zも、スカルキャンディ(Skullcandy)というブランドとコラボして「RocNation Aviator」というヘッドフォンを出しているが、Amazon.comあたりで調べてみると、人気のほうはどうもいまひとつ、といった印象。

「ヘッドフォンでの不発を挽回すべく……」というわけでも無いだろうが、どんどんと普及を続けるスマートフォンの波に乗り、しかも本格的な市場の成長はこれからという非接触充電装置の分野に目をつけるあたりに、「大物実業家」ジェイ・Zの非凡な商才がうかがえる気もする。

ちなみに、5月に発表されていた例の「Forbes Celebrity 100」リストをみると、ジェイ・Zの昨年の稼ぎは推定3,800万ドルとなっており、「産休中」でも約4,000万ドルを稼いだビヨンセとほぼ同程度(それだけビヨンセがいろいろな収入源——たとえば、さまざまなブランドとのエンドースメント契約など――を持っているということかもしれない)。

The World's Most Powerful Celebrities - Forbes

ただし、そうした「フロー」の稼ぎとは別に「ストック」——資産の多さで見ると、ジェイ・Zは推定4億6000万ドル。「Puff Daddy」「P. Diddy」「Diddy」など何度かMC名を変えてきたショーン・"ディディ"・コムズ(Sean "Diddy" Combs)と「どっちが先にビリオネア(Billionaire)になりそうか」といった視点で注目されている向きもある。

The Forbes Five: Hip-Hop's Wealthiest Artists 2012

ちなみに、ディディの資産は推定5億5000万ドルで、昨年の稼ぎは4,500万ドルとなっているが、この大半がディエゴ(Diageo)という大手飲料メーカー(英国に本社がある多国籍企業)と共同で展開している「Ciroc」ブランドのウォッカからのもの(売上高などに連動して手数料をもらう契約になっているとか)。

ジェイ・Zが、デュラセル・パワーマットにどれくらいの金額を出資したか、あるいはどういう形で利益を受け取るか(投資回収の方法)といったことは不明だが、独立会社として上場するようなことがあれば、株式売却益といった形でまとまった金額を手にする可能性も考えられる。

次回はそんなジェイ・Zがいま一番夢中になっていると噂される「プロバスケットボールチームのプロデュース」の話をしたいと思う。

それにしても、実業家として多忙を極めていて不思議のないジェイ・Zだが、ひとつ感心するのは、ほかの大物ラッパーらと違い、いまでもバリバリの現役でステージにあがっているところ。最近はカニエ・ウェスト(Kanye West)といっしょにステージに上がっているのをよく見かける。いまもヨーロッパをツアー中らしいが、以下はそんなふたりが昨年暮れにゲスト出演したVictoria's Secret 恒例のファッションショーでのもの。モデルも観衆もみな楽しそうである(まだ「身重」なビヨンセの姿も)。