MRAP=防御力を備えた重装甲の軍用トラック

MRAPは「エムラップ」と読む。直訳すると、「地雷に抵抗でき、待ち伏せ攻撃から保護できる(車両)」という判じ物のような話になってしまう。早い話が、イラクやアフガニスタンで多用されている即製仕掛け爆弾(IED : Improvised Explosive Device)に対抗できる防御力を備えた重装甲の軍用トラックだ。

IEDは、手製の爆薬あるいは拾い集めてきた爆弾・砲弾・地雷などを組み合わせて作られる。踏むと爆発するものもあれば、携帯電話などを利用して無線でリモコン起爆させるものもある。技術的にさほど洗練されているとは言えないが、とにかく力任せに大量の爆薬・炸薬を集めて作られるため、威力だけはむやみに大きい。

そのIEDで多数の死傷者が出たことから、対抗策としてMRAPが登場した。分厚い装甲板を張り巡らすだけでなく、車体底面の断面形状をV型にして爆風を逸らすなど、強力な爆弾が近くで爆発した時の被害を抑制する工夫を取り入れている。実際、MRAP導入によってIEDによる死傷者は激減した。

MRAPの例。いかにも頑丈そうではある。4×4モデルだけでなく、6×6や8×8のモデルもある(Photo:US Army)

MRAPの前に主力となっていたHMMWV。MRAPと比較すると、爆風には強くなさそうだ。ちなみに、このHMMWVの民間モデルがハマーである(Photo:US Army)

このMRAP、とにかく急いで数を揃えなければならないということで、さまざまなメーカーから既存の車両あるいは既存の車両をベースに作られたものが短期間で大量に調達された。米軍だけで、フォース・プロテクション社に約3,700両、BAEシステムズ社に約6,000両、アーマー・ホールディングス社に約1,800両、ゼネラル・ダイナミクス・ランドシステムズ・カナダ社に約1,400両、ナヴィスター社に約5,200両など、合計1万8,000両余りを発注した。

メーカー側から見ると、これは正に「MRAP特需」という状況だ。こういうことが時々起こるから、「軍需産業が儲けのために戦争を起こしている」という陰謀論を吹聴する人が後を絶たないのだが、さて、現実はどうだろうか?

特需の後に残ったのは余剰の設備と人員

特需といっても、それが永遠に続くということはあり得ない。すでに米軍におけるMRAPの新規調達は実質的に終了している。アフガニスタン向けに、小型・軽量化して機動性を高めた「M-ATV(MRAP All-Terrain Vehicle)」の製造が少し続いているが、これはオシュコシュ社に約8,000両を発注しただけで、他社には発注していない。それに、調達する絶対数もMRAPと比較すると少ない。

そうなると、メーカーでは、MRAPの短期間の大量調達にこたえるための設備・人員を整えた挙句、生産終了後はそれを持て余す事態になる。これを経営の立場から見ると、多額の設備投資の回収が難しくなるので、あまり嬉しい話ではない。MRAPを受注していたメーカーの中には人員整理の話を持ち出しているところもある。

IEDの利用が拡大していることから、米国以外にもアフガニスタン、アフリカに軍を派遣している国でMRAPの需要があるにはあるが、規模が全然違う。せいぜい1ヵ国につき数十両、数百両といったレベルであり、米軍並みの特需は期待できない。

それに、イラク派遣部隊の撤収を進める米軍が余剰になったMRAPを同盟国に供与・売却する可能性も予想される。例えば、2010年7月にルーマニアの国防相が「米国からMRAP×60両を調達する」と発表しているが、そのうち40両は米軍の中古車だ。それでは、メーカーの生産設備が遊休化する事態の解決にならない。

装備の種類が増えすぎることの問題点

その米軍も、短期間に多数の車種を大量調達したことに起因する問題に直面している。

まず、車種が違えば部品が違い、運用や整備の手順も異なる。すると、単一の車種で統一する場合と比べ、整備・補給・訓練の手間が増えてしまう。せめて、配備する地域・部隊ごとに車種を揃えるぐらいの工夫は必要だが、調達したMRAPの総数は決まっているから、そう都合良くはいかず、場合によっては余剰や不足が生じても仕方ないだろう。

これはMRAPに限らず、どんな装備にも言えることだ。発展途上国、政治的・外交的な問題を抱えている国は往々にして「何でもいいから売ってくれ」と、さまざまな国から手当り次第に装備品を買い集めることがある。特に、戦争に巻き込まれている国や戦争を起こした国はとにかく目前の戦争に勝たなければならないので、後先のことは考えていられない。

また、外交的なバランスをとるという理由で、意図的に異なる国・異なる陣営から装備品を調達する例もある。その典型例として、イギリス・フランス・ロシアから戦闘機を調達しているインドがある。

事情はどうあれ、同じ分野で異なる種類の装備品を併用すると、経済・運用における問題は不可避だ。スペアパーツや工具類は別々に用意しなければならないし、使いこなすためのノウハウにも違いがある。結果として、人員の訓練体系も別々になってしまう。しかも、パーツにせよ訓練体系にせよ、規模は小さくなるからスケール・メリットは発揮しにくくなり、これも経済性を引き下げる方向に働く。

長期的に見ると逆効果な特需

こういうことがあるので、手当たり次第に短期間かつ大量の調達を行うのは、長期的に見ると運用側は決して嬉しくないのだ。経済性や効率を考えれば、分野ごとに単一の車種・機種に統一するほうが望ましい。

だからこそ、車両でも艦艇でも航空機でも、「同種をベースに用途ごとの派生型を生み出す」、「エンジンや電子機器をはじめとするコンポーネントの共通化を図る」といった工夫を凝らすことになる。しかし、そうした工夫は事前の計画やコンセプト作りをきちんとやっておかなければ実現できないから、急に需要が発生して手当たり次第に大量調達を行う特需とは相性が良くない。

こうしたことから、一見メーカーに旨味があるように見える特需だが、長期的に見ると決して美味しいものではないと考えられる。産業基盤の維持やメーカーの財務状況、投資の回収といった見地からすると、短期間に需要が盛り上がった「宴」の後に反動が来るよりも、長期的にそこそこのレベルの需要が続いてくれるほうが望ましい。防衛産業に限った話ではないだろうが。