今回のテーマは漫画家の健康診断についてである。

当コラムはお題だけ担当が考えているのであるが、時々こんなざっくりしすぎなテーマを投げてよこすから困りものだ。

漫画家は「運動不足になる肉体労働」

漫画家という職業は健康に悪いと思われがちだし、実際に悪い。だが、この世に体にいい仕事などあるのだろうか。

むしろ、大体の疾患の原因は仕事と言っていい。酒、たばこを止める前に、仕事を辞めた方がよほど健康的である。しかし、仕事を辞めると今度は「ご飯が食べられない」等の理由で健康を害す恐れがある。つまり、あってもなくても体を壊すのが仕事であり、こんな有害な物が未だに法律で禁止されていないのは、法治国家としていかがなものであろうか。

そうした仕事の有害さを一応分かっているのか、社員に定期健康診断をさせる会社は多い。しかし、漫画家というのは多くの場合フリーランスで、おもむろに立ち上がり、「今日オレは健康診断に行く! 」と少年漫画の主人公クラスの確固たる意志とオーラをまといながら、自ら病院に行かなければいけないのである。

ちなみに、私は先述の通り会社員もしているので、会社で年一回健康診断を受けている。幸いにも健康体なのだが、それは内側の話であり、多くの漫画家がそうであるように、腕、肩は致命的に痛んでいる。

漫画家がハードな仕事だと言っても、基本的に座って絵を描いているだけではないかと思われるかもしれない。しかし、まだ漫画が全てアナログで描かれていた時代、売れっ子作家の元でほぼ365日、10年間にわたりアシスタントをしたところ、目、肩、足、腰はもちろん歯までボロボロになり、しばらく療養を余儀なくされた、という作家の話を聞いたことがある。座って漫画を描いていただけのはずが、軽く車に轢かれたみたいになっているのだ。

このように、座ってひたすら絵を描くというのはかなりハードなことだ。しかも、普通の肉体労働なら筋肉や体力がついたりするかもしれないが、漫画は体が鍛えられるということはなく、むしろ衰える。漫画家というのは「運動不足になる肉体労働」というわけがわからない仕事なのだ。

とはいえ、そこまで体を壊してしまうのは、相当無理なスケジュールで仕事をし続けた場合だ。普通に、普通の仕事量をこなすだけなら問題はない。しかし、普通にいかないのが仕事というものである。

漫画家の仕事を左右するのは?

漫画の作画というのは大変ではあるが、手を動かし続ければいつかは終わる。一方、それ以前のネタ作りは、いくら考えても手掛かりすらつかめぬことがある。そしてネタを出すのに時間がかかればかかるほど作画時間を圧迫し、とんでもない無茶をしなければいけない事態になるのである。

私はショートギャグ作家であるから、1本当たりのページ数は4~8ページぐらいだ。数十ページ描かなければいけないストーリー作家に比べればかなり楽かもしれない。だが、ショートギャグというのは1話で必ずオチを付けなければならず、作品によっては1ページごとに落とさなければいけない。

仮に4コマ漫画を4ページ週刊連載するとしたら、1回につき8回オチを考えねばならず、さらにそれを毎週やるのだ。もはや正気の沙汰ではない。ストーリー漫画であれば、その1話で全てを明かさず「まさか…!あいつの正体は…!」と引っ張ることができる。たとえあいつの正体が何なのか全く考えていなくても、「あいつの正体は来月の俺が考える」と腹を決めて、とりあえずその回の原稿を終えることができるが、1話完結ものだとそうはいかないのだ。

とにかく、漫画家の仕事が普通じゃなくなる原因は、ネタがスムーズに出るか出ないかに依るところが大きい。まれに、「ネタはすぐ出たが、全ページに高層ビル群と国会議事堂が出てくるため作画が間に合わない」ということもあるが、私の場合そういうネタは潔くボツにする。

それ以前に、どう考えてもさばき切れない量の仕事を受けてしまっているという場合もある。「無理なら断れよ」と思うかもしれないが、そもそも漫画家というのは、あまり自分の仕事をコントロールできないものなのだ。いくら漫画家にやる気があっても、出版社からお呼びがかからなければ、仕事として漫画を描くのは難しい。お呼びがかからなければ自分から売り込むしかないが、それで仕事がもらえるかはわからない。ならば、お声がかかるうちは全部やるしかない。

仕事が手から溢れる程ある時期もあれば、まったくない時期もあるのが、漫画家、ひいてはフリーランスの仕事全般というものである。そのため、仕事がある時期はどんな無理をしてでも仕事を全部こなし、さらに仕事がこない時期に備え、稼いだ金は全て貯蓄しておかなければならない。一体何がフリーなのか、というぐらいフリーじゃない生活だ。

そもそも、心がフリーじゃない人間が自由業になると必ずこういう袋小路にはまり、心のバランスを崩す。自分はそういう不安感を減らすために会社員を続けているのだが、そうなると今度は体がきつい。

つまり、仕事はあってもなくても、体と心に悪い。これが結論であり、薬物よりも先に取り締まるべきものだったのである。そろそろ機械の体を探しに行く時が来たようだ。原稿を置いて、宇宙へ旅立とうと思う。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は8月11日(火)昼掲載予定です。