今回は漫画制作における使用ソフトについての話である。
前述の通り私は原稿の作成を、「ComicStudioEX 4.0」というソフトを用い、全てデジタルで行っているが、そのほかにも付属のソフトを使っている。何せ当方、会社員をしながらの漫画家生活のため、とにかく時間がない。よって向上心は一切捨て、楽できるツールは全て使う、という非常にストイックな方針を取らざるを得ないのだ。
労力削減のためのライフハックを公開
「漫画を描くのは面倒くさい」と最初のコラムで言ったが、実はそれは嘘であり、本当は「すごく面倒くさい」のだ。最近は他の作家の作品を読んでも、面白い、面白くない以前にまず「描くの面倒くさそう」と思うようになった。絵を全く描かない方でも、1コマに大人数いる絵や、綿密な背景画などを見ると「描くの大変そう」と思ったことはあるはずだ。
私はこの大変さを、「背景を一切描かない」、「人物の首から下は描かない」等のテクニックでやりすごしてきた。「こいつの漫画はこうなんだ」と、編集や読者の方を先に諦めさせるという画期的手法である。あと、どんなに面白くても「描くのが大変そうなネタはボツ」というクールな判断も功を奏していた。デビュー当時は本当にこれで何とかなったのだが、最近はそうもいかなくなった。キャラクターが今どこにいるのかぐらいはわかるようにしろ、と言われるようになってしまったのだ。
しかしいきなり画力が上がるわけでも、作画人員を増やせるわけでもない。そこで私が新たに投入したのが「ComicStudio」と同じくセルシス社製品の「3Dデータコレクション」と「POSE STUDIO」である。別にセルシスの回し者でもないし金をもらっているわけでもない(くれてもいいが)。
デジタル社会の思わぬ落とし穴
「3Dデータコレクション」というのは、簡単に言うと「背景画像素材集」である。背景画像素材は昔からあったと思うが、こちらは全て3Dになっており、用途に合わせ、拡大縮小、角度まで変更できるので、自然に背景を漫画にマッチさせることができる。と言いたいが、3Dというのは存外操作が難しく、背景の上に不自然に人物が浮いているというクソコラ状態になることもままあるものの、とにかくキャラがどこにいるかさえわかればOKだ。 しかし、自分が欲しい背景が必ずしもあるとは限らない。キャラが小洒落たレストランで食事しているシーンにしたくとも、素材がファミレスしかないため、いい年の男女がいつもファミレスで飯を食っているという、しょっぱい漫画になってしまうこともある。
また、この素材集は妙に「武器」の種類が多い、こちらとしてはもっとオフィスとかショップとかのデータが欲しいのだが、そういうのはあっても1種類なのに、「剣」だけで2、3種類あったりする。これはオフィスラブとかしゃらくさいことはやめて、今すぐ剣を持ってやりあう漫画にしろという、セルシスさんからのメッセージなのであろうか。「漫画」という超文化系製品を作っている割には武闘派組織なのかもしれない。
続いて「POSEPOSE STUDIO」だが、これはデジタル版デッサン人形と思ってくれればいい。その名の通り、3Dの人物モデルにポーズを取らせ、それを元に描けば、どんな難しい構図もデッサンの狂いなく描ける、という大変便利なソフトである。だが前述の通り3Dというのは操作が難しいため、なかなかモデルが自分の求めるポーズをとってくれない。ちょっと右手を動かすはずが、胴体ごと人体が曲がってはいけない方向に曲がってしまうこともしばしばである。これは木製デッサン人形にはない苦労であり、デジタル社会の思わぬ落とし穴と言えよう(安物の木製デッサン人形は、膝を曲げることすら無理ということもあるが)。時短のために導入したソフトなのに、モデルに意中のポーズをとらせることに時間を取られるという本末転倒さえ起こってしまう。よって最近では、デフォルトで用意されているポーズの方に合わせて漫画を描くようにしている。
漫画家に必要な資質
何だかツールを使いこなしているというより、逆に使われている気もしなくもないが、このようなソフトを使うことにより、アシスタントを使わず、会社員をやりながらなんとか漫画業をこなしているのである。しかし、いくら便利なツールを使っているとは言え、やはりデビュー当時の背景なし、人物は首から上のみの時よりは作画に時間がかかるようになったし、素材をそろえるための経費がかかるようになった。
しかも悲しいことに、一番時間と金がかかっていないデビュー作が一番売れているのである。逆にどれだけ労力と金をかけても、売れない時は売れない。こういう事態を「まあ仕方ねえ」と諦めて次にいけるかどうかが、機器やソフトよりも漫画家に必要な資質なのである。
※文中に登場するソフトの使用感は著者個人の感想です。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。