今回の選書

経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書(山田真哉) 講談社

経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書(山田真哉) 講談社

選書サマリー

平清盛は、経営者として有能だった。まず、経営者の仕事は自社の強みを伸ばし、弱みをなくすことだ。そのためには、長所を分析し、それを徹底的に活かせる戦略を構築することが必要だ。

平清盛ら「伊勢平氏」の最大の強みは水銀だった。また丹生高山からは赤色硫化水銀、別名「辰砂」と呼ばれる赤い石が大量に採れた。これは、漢方薬や顔料などとして、中国でも珍重される鉱物だった。

平家が貿易に目を向けたのは、資源である水銀を、国内で売らず、輸出したほうが儲かると判断したからだ。実際、水銀は日宋貿易の重要な輸出品目となり、平家の経済力の源になった。

このように、平家の躍進は、自分たちの強みを活かして、水銀などの輸出を始めるところからスタートしたのだ。

経営者にとって、最初の決断は「どこを地盤にするのか?」ということだ。平清盛が軍事貴族の頂点に立ったとき、真っ先に地盤として選んだのは、九州、それも大宰府がある筑前国、今の福岡県だ。

都を中心に考えれば大変な田舎でも、地盤としてみれば、魅力的な土地だった。日本随一の国際港・博多港を有し、いわば大陸への玄関口となる場所だったからだ。

つまり、彼の目的は、所領を得ることよりも、外国との貿易をさらに発展させることだったのだ。清盛は港の整備に力を入れており、彼が作った港は、日本最初の人工港だった。

私たちは「事業を起こすなら、地元か東京で」と考えがちだ。しかし「みんながそうだから」という発想だけでは、チャンスから遠ざかる。常識や慣例に捉われない決断が経営者には求められるのだ。

ライバルについても、経営者の大事な判断のひとつだ。連携するなら、契約で相手の強みを取り込み、潰す相手なら競合商品をぶつけたり、訴訟を仕掛けるなど、徹底的に叩く必要がある。

当時、ライバルとなりうる勢力は、東北地方の奥州藤原氏と南九州の薩摩平氏の阿多氏だった。清盛は奥州藤原氏とは連携し、阿多氏は容赦なく潰した。それは「将来のリスク」を排除するためだ。

大陸との貿易に有効な港を有していなかった奥州藤原氏に対し、阿多氏は貿易港を持っていた。規模は小さいが、宋にはより近い便利な場所だった。清盛は、それをリスクとして、敏感に察知した。

将来のリスクが低い者とは協調して利益を得、高い者は討伐して利益を得る。清盛は、現在だけでなく「将来」を見極めることで、ライバルを峻別し、対策を立てたのだ。

会社が苦境に立たされたとき、どうやって状況を打開するか。ここで経営者に求められるのは「前例にとらわれない発想」だ。

飢饉の影響でインフレになり、急激な資金難に陥った時、清盛は、首都移転を決意する。場所は、これまで平家の私財を投入して進めてきた国際港・大輪田泊がある福原、今の神戸市だ。

都を移せば人口が移る。荒廃した京都に比べ、商業が発展する可能性が高いし、西日本各地から物資を集めることもできる。飢饉の際、高麗や宋から穀物を輸入して届けることもできる。

さらに、首都移転の際、清盛は大輪田泊の建設を、国の公共事業として行うよう朝廷に要請した。つまり、平家の資金難の中で港建設を続けるため、遷都にかこつけて朝廷から資金を得ようとしたのだ。

これまでの政権は、まず「遷都」ありきで「資金」を集めていた。それに対し、清盛は「資金」を生み出すツールとして「遷都」を利用しようとしたのだ。

このように、清盛は、平家という巨大財閥を巧みに経営してきた。現代の感覚では、当たり前のことばかりかもしれないが、その当たり前の経営感覚を、千年前の軍事貴族が持っていたことに驚く。

これらのエピソードから、経営者・清盛の横顔に触れることができる。ただ、現代の私たちが学ぶべきことは、一つ一つの細かいエピソードではなく、清盛という型破りな人物像そのものなのだ。

選書コメント

低視聴率で話題となってしまったNHKの大河ドラマ「平清盛」ですが、本書では平清盛を優れた経営者ととらえ、また「平家滅亡」を経営の失敗に起因するものとして、そこからビジネスに活かせる知恵を学びます。

その点から、本書は歴史書ではありますが、ここではあえてビジネス書ととらえ、紹介させていただくことにしました。実際、現代のビジネスパーソンが、多くの学びを得ることができます。

著者は、あのミリオンセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の著者、山田真哉さんです。山田さんが、平家滅亡と通貨政策の因果関係を分かりやすく教えてくれます。

毎度のことですが、大河ドラマの放送開始前には便乗した本がたくさん発刊されます。また、ベストセラー著者が、趣味の一環で、専門外の異分野に挑戦することはよくあることです。

本書を、その手の本として片付けてしまうのは早計です。歴史書として斬新であるばかりでなく、ビジネス書としても素晴らしくまとまっています。

もちろん、山田さんは歴史学者ではありませんが、会計士として経営の現場に精通している立場を生かして、本書の執筆に取り組まれてます。結果、歴史学者には決して書けない本に仕上がっています。

何より、さおだけ屋で見せた抜群の筆致で描かれています。そのため、この手の本にありがちな退屈さとは無縁です。今、この本を書けるのは、山田さんしかいないと思います。

そんなわけで、歴史好きも、ビジネスパーソンもうならせる、優れた「歴史&ビジネスエンターテイメント」です。「歴史にも、大河にも興味がないなあ」という人も、一読されることをお勧めします。

選者紹介

藤井孝一

経営コンサルタント。週末起業フォーラム代表。株式会社アンテレクト代表取締役

1966年千葉県生まれ。株式会社アンテレクト代表取締役。経営者や起業家という枠にとどまらず、ビジネスパーソン全般の知識武装のお手伝いを行うべく、著作やメールマガジン、講演会、DVDなど数々の媒体を活用した情報発信を続けている。著書にベストセラーとなった『週末起業』(筑摩書房)はじめ、『かき氷の魔法』(幻冬舎)、『情報起業』(フォレスト出版)など。

この記事は藤井孝一氏が運営するビジネス書を読みこなすビジネスパーソンの情報サイト「ビジネス選書&サマリー」」の過去記事を抜粋し、適宜加筆・修正を行って転載しています。