過去2回に渡って、「飛行機のシミュレータ」というと誰もが真っ先に連想することが多い、操縦訓練用のFFS(Full Flight Simulator)の話を主体として、関連する話題もいくつか取り上げてみた。
ところが昨今では、操縦訓練以外の場面でもいろいろな種類のシミュレータが使われるようになってきている。飛行機とそれに関わるシステムが高度化・複雑化して、扱う側の訓練に時間を要するようになってきた一方で、できるだけ経済的かつ効率的に訓練を進めたい、という事情もあるためだ。
操縦以外のシミュレータ
飛行機に関わるシミュレータというと、パイロットの操縦訓練に使用するFFSを真っ先に連想するのが普通だと思われるが、実はそれ以外にもさまざまなシミュレータがある。
たとえば、計器盤に設けられた各種のスイッチを初めとする操作系の操作手順を覚えさせるのであれば、それだけのためにわざわざ大掛かりで高価なFFSを使用する必要はない。
操作手順の訓練だけならモーション装置もビジュアル装置も要らないから、摸擬コックピットに実機と同じ操作系を並べて、それを操作したときに実機と同じ表示を行う計器やディスプレイを用意すれば充分だろう。さらに簡略化して、コンピュータの画面に計器盤を再現する方法もありかもしれない。
これがCPT(Cockpit Procedure Trainer)。その名の通り、操作手順を訓練するための専用機材である。これの場合、操作に応じてどういう反応を返すかを制御しなければならないから、コンピュータ制御は必要になると思われる。
物理的に再現するシミュレータ
このほか、実機と同じ作業環境を物理的に再現して訓練を行う機材として、軍用機で不可欠となる兵装搭載訓練装置(WLT : Weapons Load Trainer)がある。主翼や胴体と、その下面に設けられた兵装架を実物大で再現して、兵装搭載作業を実際にやりながら「身体で覚える」というわけだ。
似たようなところで、整備訓練用のシミュレータもある。整備作業に必要とされる手順を覚えさせる目的で、実機と同じ作業環境を物理的に再現するものだ。整備には整備ならではの作業要領があるので、それを訓練する仕掛けがあった方がよい。実機を使わずに訓練を行えれば、貴重な実機を訓練のためにとられなくて済むので、経済的でもある。
整備訓練用シミュレータの考え方は兵装搭載訓練用シミュレータと似ているが、用途が違う。整備であれば取り付けだけでなく取り外しも必要になるし、アクセスパネルの開閉も伴う。そういう環境を物理的に再現する。
軍用輸送機で不可欠となる貨物揚搭作業をシミュレートする訓練機材もある。この場合、貨物室と貨物揚搭用ランプを実物大で再現する必要があるだろう。ただし、貨物室全体を再現するか、一部分を再現するかは場合によると思われる。
軍用機だと、貨物の搭載作業を取り仕切るロードマスターという乗員がいる。ロードマスターは重量バランスの計算もしなければならないだろうから(本連載の第32回「飛ぶための計算(1)重量バランス」を参照)、これも計算や機器の操作を訓練する機材が要りそうだ。
コンピュータがあれば摸擬できる場合も
軍用機の中でも早期警戒機や哨戒機といった類の機体では、飛行機の部分よりも、そこに搭載するセンサー機材やコンピュータ機材の方が実質的な主役である。
すると、それらを扱うオペレーターを訓練する必要があるので、これまた専用のシミュレーション訓練機材の出番である。これをWTT(Weapons Tactics Trainer)と呼ぶことがある。もともとコンピュータ・ベースで動作するものをシミュレータで訓練するのであれば、実物と同じ環境をコンピュータで再現するのは比較的容易と考えられる。
たとえば早期警戒機に搭乗する要撃管制官を養成するのであれば、実機で使用しているものと同じコンソールを設置して、その画面では本物と同様に、探知を示すブリップを表示させる。そして、訓練生が行う操作や指令、あるいは教官が設定するさまざまな「状況」に従って、画面の内容を本物と同様にして変化させていけばいい。その部分は、レーダーの代わりにコンピュータででっち上げる。
もちろん、本物に関するデータを蓄積しておかなければ忠実な再現はできないが、コンピュータが実現している機能を再現するのであれば、ソフトウェアで完結する話だから、物理的なものを再現するよりは難易度は低そうだ。
こういった、一部分の機能を切り出して特化させた訓練機材のことを、PTT(Part Task Trainer)と呼ぶこともある。
コンピュータによる学習
操縦でもそれ以外の分野でも、まず座学で基本的な知識を身につけさせた上で、現物やシミュレータを使った実地の訓練に進むことが多い。その座学についても、口頭と黒板と紙のテキストを使う方法から、コンピュータを活用する方法に変化してきている。いわゆるCBT(Computer Based Training)である。
特にこれが威力を発揮するのは、修得度を確認するための試験やその後の再学習かも知れない。つまり、座学をひととおりやったところで、コンピュータの画面上で試験をやる。解答を入力した結果はたちどころに集計されて、合否の判定、あるいは得意分野・不得意分野の割り出しができる。それに基づいて、再度の学習と試験の受け直しとなったり、あるいは再度のチャンスを与えるには足りないとしてエリミネートを決めたり、といった話になる。
CBTの利用が広まってきたため、航空関連の教育・訓練を行う現場では、教室に椅子と机を並べるだけでは済まず、さらにパソコンをズラッと並べることが多くなっているようだ。もちろん、そのパソコンではCBT用のソフトウェアが動作しており、LANを通じて教官用のコンピュータや学習データ管理用のコンピュータと連接する。
そのCBTを活用する座学に始まり、シミュレータ訓練から実機訓練まで、何をどのように、どれくらいの時間をかけて学習させるかという訓練シラバスを組み立てて、所要の機材一式を揃えて納入と設置を行い、さらに必要とあらば教官の育成まで担当する。納入して運用を開始した後には、メンテナンスやアップグレード改修も必要になる。
こういった、訓練に関わるソリューションをひとまとめにして提案・受注して、据え付けたら直ちに使えるような形で納入するのが最近の趨勢だ。いわゆる「ターンキー・ソリューション」というやつである。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。