飛行場が「ある」または「できる」というと、お約束のようについて回るのが「騒音」の問題である。騒音低減の努力が進んでいる民航機でもそれだから、性能第一の軍用機ならなおのことだ。第21回で取り上げたハリアーは、騒々しい飛行機の筆頭に挙げてもよいぐらいだと思う。

大量にかつゆっくり噴射する

騒音が大きいというと、まず思いつくのはジェット・エンジンだが、実のところ、ターボプロップ・エンジンでも意外と腹の底に響くように思える。海上自衛隊のP-3哨戒機を見ていると、そう感じる。

では、その他のエンジンはどうか。もちろん、ガソリン・エンジンでプロペラを回して飛んでいる軽飛行機は静かで、騒音はさほど気にならないレベルと言える。だが、ガソリン・エンジンの出番は極めて限られていることを考えると、ジェット・エンジンの騒音低減技術は不可欠だ。

ジェット・エンジンの推進力は、ジェット・エンジンの部分から噴出する排気ガス、あるいはファンの部分から後ろに噴出する空気(ターボファン・エンジンの場合)の速度と量の積になる。そして、後方への噴流によって発生する騒音は、噴流速度の3乗に比例して増加する。

ということは、単純に計算すると、噴流速度を半減して流量を2倍にしても推力は同じ、かつ騒音は8分の1に減ることになる。大量の空気や排気ガスをゆっくり噴出する方が騒音が減る、というわけだ。

民航機で使用するターボファン・エンジンが大径化しているのは、ファン部分の流量を増してバイパス比を引き上げるために、ファンが大型化したことに起因する。同じターボファン・エンジンでも、戦闘機のそれはバイパス比が低い上に噴出速度が速いから、騒音ははるかに大きい。

正面から見たボーイング787。胴体とエンジンがほぼ同じ直径……というほどではないが、胴体と比べてエンジンの大きさが目立つ。ファンの前に人が立っても頭上に充分な余裕があるはずだ

ただし、ファンが大型化すると、別の問題が出てくる。ファンが大きいということは、それだけ円周が大きいということだ。すると、回転数が同じでもファンが大きくなれば、それに比例してファン・ブレード先端の速度が上がるのだ。

これはファン自体の設計にとってよい条件ではない。実際、プロペラ機を設計する時の話だが、「プロペラ先端の速度が音速を超えないように」という話が出てくる。だから、ターボファン・エンジンでもファンの回転数を落とすほうがよいという話になり、本連載の第20回で取り上げた「GTF(Geared Turbo Fan)」の発想につながる。それは、「大量の空気をゆっくり噴出する」ことにもなる。

といったところで、余談を1つ。

ターボファン・エンジンのファンよりもさらに大きいプロペラ径を持つターボプロップ・エンジンだと、プロペラ先端の速度に関わる問題はさらに深刻になる。

だから、ツポレフTu-95ベア爆撃機が搭載するクズネツォフNK-12ターボプロップ・エンジンでは、大きなプロペラをゆっくり回して、かつ二重反転式にすることで、エンジンが発揮する大きな推進力を無駄にしないように工夫している。YouTubeで探せば、Tu-95が飛んでいる様子を撮影した動画がいくつも見つかるが、ビックリするぐらいゆっくりプロペラが回っている様子を見て取れるはずだ。

ナセルにおける工夫

ただ、バイパス比の引き上げや流速の低下といった工夫だけでは済まされず、他の部分でも騒音低減のための努力がいろいろとなされている。

外から見てわかる部分では、「ギザギザ」がある。ステルス機だと機体表面のパネルの継ぎ目をギザギザにしてレーダー電波の反射をコントロールするが、エンジンにおけるギザギザは場所も意味も違う。

ボーイング787が使用しているロールス・ロイス製トレント1000やゼネラル・エレクトリック製GEnxが典型例で、ファン部分のナセル後端がギザギザになっている。

ボーイング787のGEnxエンジン。ファン部分のナセル後縁がギザギザになっている

これを「シェブロンノズル」という。排気がノズルから外に出て外気と混ざる過程で、騒音が発生する。それを抑えるため、ギザギザになった部分で渦流を発生させることで、一気に混ぜずに少しずつ混ぜる効果を狙っている、ということだそうだ。

ただ、最近の新世代機がおしなべてシェブロンノズルにしているかというと、そういうわけでもない。MRJやエアバスA350XWBのエンジンはナセル後縁がストレートだ。

このほか、エンジン内部から発生する機械的騒音が拡散しないように、ナセル内部に吸音材を入れているケースがある。

その他の騒音対策

特にジェット機の場合、エンジンが主たる騒音発生源になっているので、エンジンに対する騒音対策が主眼になっているのだが、ちょっと意表を突いた(?)騒音対策もある。

実のところ、騒音が問題になるのは地上に対してである。空を飛んでいる飛行機同士で騒音が問題になった話は聞いたことがない。そして、上空に上がってしまえば、それだけ地表からの距離が遠くなるので地表に伝わる騒音は減る。高いところを巡航している飛行機を地上から見ても、姿は見えるが音はしない。

ということは、上昇性能を向上させて、離陸したらどんどん上昇してしまえば、それだけ地上に対する騒音の影響は少なくできる。

上昇性能を高めるには空力面の工夫もエンジンの推力確保も必要になるから、エンジンはまったく関係ない話題というわけではない。推力が足りないと上昇に時間がかかり、結果として騒音をまき散らす場面が増えてしまう。

離陸する旅客機の窓から外を見ていると、地表がどんどん遠くなっていく。騒音を減らすために、人家が少ない場所を選んで、かつできるだけ速く上昇しようとしている、そんな努力の現れなのである。