【コラム】

航空機の技術とメカニズムの裏側

21 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える

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その昔、とある航空機事故のせいで「逆噴射」が流行語になったことがあった。それはそれとして、逆噴射に限らずジェット・エンジンの推力の向きを変える話はいろいろ出てくるので、今回は、その辺の話題をまとめてみた。

ちなみに、プロペラを使用する場合にはどうするかというと、エンジンごと向きを変えてしまうという大技がある。V-22オスプレイがそれである。

逆噴射装置

まず、最もポピュラーな逆噴射装置の話から。英語ではスラスト・リバーサという。推力(スラスト)を逆方向に向ける(リバース)ためのメカなので、こういう名前がついている。

ジェット・エンジンはナセルと呼ばれる覆いの中に収まっており、通常は真後ろに向けて燃焼ガスを吹き出している。だから、その反動で飛行機は前に進む。ということは、燃焼ガスを吹き出す向きを逆にすれば、逆方向の推力を発生させることができる。

旅客機に乗っていると、着陸した直後にエンジンの音が大きくなることがある。スピードを落とさなければならないのに音が大きくなる(=推力を増している)のはなぜかというと、逆噴射を作動させているからだ。

今の旅客機は高バイパス比のターボファン・エンジンを使うのが普通だから、逆噴射の主役は中心部のジェット・エンジンではなく、その周囲を取り巻くファンのほうである。バイパス比が大きいので、ファン部分だけ推力を逆方向に発生させれば事足りる。

実際にどうやるかというと、ナセルの途中の部分から後ろを、後方にスライドできるようにしている。そして、ナセルをスライドさせた時に、後方の排気口はふさいでしまう。ナセルを後ろにスライドさせると、その前方の固定部との間に隙間ができるが、そこにガイドベーンを設けて、空気の流れを前方(正確には斜め前方か)に向けるようにしている。

では、実際にスラスト・リバーサを作動させている様子を御覧いただこう。機体はボーイング787だ。

着陸直後にスラスト・リバーサを作動させたボーイング787。ナセルの後方を後ろにスライドさせているので、排気が吹き出すための隙間が側面に現れている

これだけではよく分からないから、スラスト・リバーサを作動させていない状態の写真も。

ボーイング787のアップ。これはランプアウトするところだから当然、スラスト・リバーサは作動させていない。上の写真と比較してみよう

低バイパス比のターボファン・エンジンやターボジェット・エンジンでは、排気ノズルの後方に上下から板をせり出させてふさいでしまい、推力を前向きに偏向させる方法を使う。バイパス比が低いと、ジェット部の推力を偏向させないと十分なブレーキにならない。

垂直離着陸のための推力偏向(1)

スラスト・リバーサは、着陸時に早く速度を落として、着陸滑走距離を短くするためのものだ。さらに着陸滑走距離を短くしようとすると、行き着く先は垂直着陸となる。

滑走する通常型の飛行機なら、滑走によって速度を得ることで主翼が揚力を発生してくれるが、垂直離着陸では水平方向の速度はゼロだから、主翼は揚力を発生してくれない。垂直離着陸を行う場合、機体の重量を上回る推力を下方向に向けて発生させる必要がある。機体の重量は、すべてエンジンで支えないといけないからだ。

垂直離着陸ができるジェット機というと、ホーカー・シドレー社(後にブリティッシュ・エアロスペースを経てBAEシステムズ)が開発したハリアーの一族が有名だ。この機体は胴体内にターボファン・エンジンを1基内蔵しているが、排気ノズルは通常のように胴体後部に設けるのではなく、側面に突き出ている。しかも後方向きから下向きまで、連続的に向きを変えられるようになっている。

排気ノズルを下に向けた状態のAV-8BハリアーⅡ。胴体側面で、排気ノズルが下を向いている様子が見て取れる Photo:US Navy

ハリアーのエンジンを整備している様子。左右に2基ずつの排気ノズルが突き出た様子は、なにやら「手足をもがれた人体模型」のようでもある Photo:US Navy

垂直離着陸の時は、排気ノズルを下に向けて機体を支える。そのため、排気ノズルが発生する推力(浮揚力)の中心と、機体の重心位置が一致する設計になっている。これが一致していないと、中心線が重心より前なら「頭上げ」になってしまうし、重心より後ろなら「頭下げ」になってしまって具合が悪い。

また、細かい姿勢を調整するため、エンジン抽気を機体の端から吹き出す仕組みも用意している。例えば、左右の翼端から抽気を吹き出せば、左右の微妙なバランスを調整できる。前後端についても同様。

推力偏向ノズルの向きや抽気の調整により、意図的に機種を上げたり下げたりすることもできる。確か1991年に行われた厚木基地の一般公開だったと思うが、米海兵隊のハリアーが「お辞儀」をして見せたことがある。ただ、ハリアーの垂直離着陸はとんでもなくうるさい。

なお、滑走による離着陸や水平飛行では、排気ノズルは後方に向けておく。間を取って斜め下に向けることもできて、短距離滑走で離陸する時はその手を使う。推進力と浮揚力の両方が必要になるからだ。

垂直離着陸のための推力偏向(2)

そのハリアーの後継機として開発が進んでいるのがF-35ライトニングⅡだが、エンジン周りの構造はハリアーとはまるで異なる。通常のジェット戦闘機と同様にエンジンは尾部に付いており、その先の排気ノズルは下向きにできる。

ところが、それだけだと機首の方を支える力がないので、つんのめってしまう。そこで、コックピット直後にリフトファンを設けている。これはエンジンから伸ばしてきた駆動軸で回るファンで、排気は下方向に向けて吹き出す。それを使って機体の前方を支えている。

F-35Bの推進系統はこうなっている。後部の排気ノズルは常時使用しており、推力偏向。前部のリフトファンは、普段はクラッチで駆動軸を切り離してあり、短距離離陸や垂直着陸のときだけ使用する Photo:DoD

垂直着陸モードに入ったF-35B。エンジンの排気ノズルが下を向いているだけでなく、前方でも胴体下面の扉が開いて、リフトファンの排気を吹き出せるようになっている様子が分かる Photo:DoD

面白いのは排気ノズルの向きを変える仕組みで、円筒形の排気管の途中を2カ所、斜めに削ぎ切ったような形になっている。そこにベアリングを挟んで回転できるようにしており、結果として排気管が真下を向く。ちなみにこのメカニズムは、もともと旧ソ連で考案されたもので、それを冷戦崩壊後にアメリカが導入した。

こうすることで、普通の戦闘機と同様にアフターバーナー付きのターボファン・エンジンを胴体後部に搭載できるようになり、超音速飛行と垂直着陸を両立させることができた。

なお、F-35Bはハリアーと違って、垂直離陸はやらない(できない)。垂直に行えるのは着陸だけだ。垂直離着陸はVTOL(Vertical Take-Off and Landing)というが、F-35Bみたいな形態は短距離離陸・垂直着陸(STOVL : Short Take-Off/Vertical Landing)という。

離陸時の方が燃料や兵装を積んでいる分だけ機体が重いから、それを支えるだけの浮揚力を発揮させるのは難しい。実現できたとしても、今度は実用的な量の燃料や兵装を積めない。そこで垂直離陸はやらないことにして、短距離離陸・垂直着陸という形を取った。実はハリアーも、通常のオペレーションではそうやっている。

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インデックス

連載目次
第82回 特別編・民航機の非常事態を宣言で注目「2次レーダーとスコーク7700」
第81回 飛行機の燃料(1)燃料の種類とアブガス
第80回 軍用機の兵装搭載に関わる制約
第79回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(5)戦闘機と推力重量比
第78回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(4)戦闘機の場合
第77回 飛行機を巡るさまざまな「○○重量」(3)軍用機の場合
第76回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(2)
第75回 飛行機を巡る「○○重量」を考える(1)
第74回 トランスミッションに関する補遺とブレード折り畳みの実況
第73回 STOL/VTOL(10)無人機(UAV)の短距離/垂直離着陸
第72回 STOL/VTOL(9)DARPAの実験機「VTOL X-Plane」
第71回 STOL/VTOL(8)スウェーデンのハイウェイは滑走路!?
第70回 STOL/VTOL(7)F-35Bの面白い挙動
第69回 STOL/VTOL(6)VTOLの実現手法いろいろ(3)リフトファン
第68回 STOL/VTOL(5)VTOLの実現手法いろいろ(2)サンダーバードとテイルシッター
第67回 STOL/VTOL(4)VTOLの実現手法いろいろ(1)リフト・エンジンその2
第66回 STOL/VTOL(3)VTOLの実現手法いろいろ[1]リフト・エンジンその1
第65回 STOL/VTOL(2)STOL機の事例
第64回 STOL/VTOL(1)短距離離着陸と垂直離着陸の基本を知る
第63回 ヘリコプター(12)マルチコプターの操縦
第62回 ヘリコプター(11)高温・高標高などへの対処
第61回 ヘリコプター(10)ヘリコプターの降着装置
第60回 ヘリコプター(9)人や貨物の変わった乗せ方
第59回 ヘリコプター(8)オートローテーション
第58回 ヘリコプター(7)速度限界の突破~ティルトローター機
第57回 ヘリコプター(6)速度限界の突破~推進装置を別に持つ
第56回 ヘリコプター(5)エンジンの数と配置
第55回 ヘリコプター(4)ローター・ヘッドとトランスミッション
第54回 ヘリコプター(3)最高速度の限界とローター失速
第53回 ヘリコプター(2)ヘリコプターの操縦
第52回 ヘリコプター(1)ヘリコプターの形態
第51回 操縦室(10)ヘルメット・マウント・ディスプレイ
第50回 操縦室(9)ヘッド・アップ・ディスプレイ
第49回 操縦室(8)グラスコックピット(その2)
第48回 操縦室(7)グラスコックピット(その1)
第47回 操縦室(6)計器の表示方法と配置
第46回 操縦室(5)計器の種類
第45回 操縦室(4)操縦室の場所と配置
第44回 操縦室(3)機体の姿勢
第43回 操縦室(2)高度・針路・方位
第42回 操縦室(1)いろいろな速度と計測の方法
第41回 客室と貨物室(8)客室のあれこれ - オーディオ、ビデオなど
第40回 客室と貨物室(6)ギャレーと機内での食事
第39回 特別編「国際航空宇宙展2016」で見かけたあれこれ
第38回 客室と貨物室(5)扉を巡るあれこれ
第37回 客室と貨物室(4)超特大貨物用輸送機
第36回 客室と貨物室(3)荷物室と貨物室
第35回 客室と貨物室(2)腰掛けと荷棚
第34回 客室と貨物室(1)窓周り
第33回 降着装置(8)しりもち対策
第32回 降着装置(7)空母搭載機の降着装置
第31回 降着装置(6)降着装置を巡るあれこれ
第30回 降着装置(5)タイヤとブレーキを巡るあれこれ
第29回 降着装置(4)降着装置の畳み方いろいろ
第28回 降着装置(3)降着装置の収納方向
第27回 降着装置(2)脚柱と衝撃吸収
第26回 降着装置(1)降着装置の配置
第25回 航空機の動力系統(12)電動式航空機
第24回 航空機の動力系統(11)同一機種にエンジンいろいろ
第23回 航空機の動力系統(10)エンジンの騒音低減
第22回 航空機の動力系統(9)エンジンの配置と架装
第21回 航空機の動力系統(8)推力の向きを変える
第20回 航空機の動力系統(7)2スプール・3スプール・GTF
第19回 航空機の動力系統(6)タービン爆発事故と品質管理
第18回 航空機の動力系統(5)エンジンの羽根を冷やす
第17回 航空機の動力系統(4)アクセサリーいろいろ
第16回 航空機の動力系統(3)エンジンの始動とAPUとRAT
第15回 航空機の動力系統(2)エンジンの動作を妨げる要因
第14回 航空機の動力系統(1)エンジンの種類と動作原理
第13回 飛行機の操縦(6)その他のあれこれ
第12回 飛行機の操縦(5)動翼の作動方法
第11回 飛行機の操縦(4)スポイラーとエアブレーキ
第10回 飛行機の操縦(3)高揚力装置
第9回 飛行機の操縦(2)動翼にまつわるあれこれ
第8回 飛行機の操縦(1)三次元の操縦操作と動翼
第7回 航空機の構造(7)航空機の機体構造材[2]
第6回 航空機の構造(6)航空機の機体構造材[1]
第5回 航空機の構造(5)主翼の配置と翼胴結合
第4回 航空機の構造(4)戦闘機の機体構造
第3回 航空機の構造(3)胴体の構造
第2回 航空機の構造(2)主翼の内部構造
第1回 航空機の構造(1)揺れたり、反ったり、空間が空いたり

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