昨年、創業20周年を迎えたさくらインターネット。同社では、ITインフラサービスとして「さくらのクラウド」「さくらの専用サーバ」「さくらのレンタルサーバ」「さくらのVPS」「データセンター事業」などを提供しているほか、IoTプラットフォーム「sakura.io」やGPUを活用した高速計算基盤である「高火力コンピューティング」などを展開している。今回、同社にパブリッククラウドについて取材したので、その模様をお届けする。
「われわれの特徴は、物理から仮想、コロケーションまで、すべてのラインアップを揃えている点が挙げられ、クラウドに偏重しているメガベンダーとの差はそこにある」と語るのは、さくらインターネット エバンジェリストの寺尾英作氏だ。
クラウドはシステムの構築時や成長段階には向いているが、安定期にはコストの面で向いていない側面もあり、長期運用する場合は専用サーバが向いているという。GPUなどを使ったハイパフォーマンスコンピューティングでは仮想化より物理が向いているなど、同じシステムでも物理が適する場合や、仮想化してクラウドで保有することが適する場合もあるため、同社のサービスはそれぞれの特徴を活かした運用を可能としている。
また、同社はハイブリッド接続の基盤を有しており、「さくらの専用サーバ」「さくらのVPS」「さくらのクラウド」のほか、コロケーションであっても1つのネットワークとして扱うことを可能とし、それぞれを組み合わせて1つのシステムとして構築できるといった利点がある。
一方、メガクラウドベンダーはそれが難しい場合があるという。基本的にはハードウェアを専有し、かつリソースをコミットすることに関しては不得手な部分があるほか、想定していた性能が出ないなどの課題がある。
さらに、メガクラウドベンダーだと顧客が機材をデータセンターに持ち込めない場合もあるが、同社はハウジングも提供しているため、機材が持ち込めることに加え、クラウドでもサーバ1台を専有できる「専有ホスト」プランを利用することで性能をコミットできる。
国内ベンダーであることの「さくらの強み」
「法人向けは、さくらのクラウドとさくらの専用サーバ、場合によってはコロケーション、個人向けではさくらのVPSが利用される傾向が多い。また、VPSは法人向けにもメリットが提供できる」と説明するのは、さくらインターネット エバンジェリストの横田真俊氏。
VPSは安価であり、VPSを開発環境とすることで価格を抑えることができ、開発が終了し軌道に乗ったらマイグレーション機能を使い、VPSからHA(High Availability)が標準提供されるクラウドに移行することもできる。つまり、法人であってもVPSで価格を抑えながら開発し、クラウドに移行することを可能としている。結果として近年、同社ではクラウドとVPSは拡大傾向にあり、全体の売り上げの4分の1を占めるまでに成長している。
しかし、メガクラウドベンダーは年間数百の機能追加・強化を行い、ユーザーニーズを迅速に吸い上げ、売り上げを拡大している現状もある。この点について寺尾氏は「メガクラウドベンダーと同じスピードで同じ機能を提供しようとは考えていないが、ベーシックな機能に注力しつつ、日本の商習慣で必要なものや国内の開発者の要求に応えられるようなサービスを提供している」と語る。
また「メガクラウドベンダーのクラウドの場合、顧客はそのベンダーのサービスに合わせなければならないが、われわれは国内に根付き、『さくらのユーザーフィードバックβ』などを通して利用者からのフィードバックを重視している。これらのフィードバックを国内の開発陣で対応できることは強いアドバンテージだろう。そして、顧客の要望があれば直接ヒアリングするなど、スピード感を持った改善ができる」と同氏は胸を張る。
そして、同氏は「機能的な面ではクラウドでは当たり前になりつつある機能を順次追加しており、今後はデータベースの機能強化などを予定している。われわれのサービス自体がインフラをインフラとして素直に扱う、ということを考えているため最先端を追いかけるのではなく、当たり前に使えるものを当たり前に用意する」と説く。
さらに横田氏は「さくらのクラウドは週に2~3程度の新機能を追加している。新機能の情報は『さくらのクラウドニュース』で提供している」と述べた。
文教系へのクラウド提供
近年、同社は文教系にも注力しており、専門部署も立ち上げ、昨年には学術情報ネットワーク「SINET5」との連携サービスを発表している。
寺尾氏は「SINET5は、われわれのサービスと日本全国の大学、研究機関などの施設をつなぐためのネットワークとなり、これを活用してクラウドで外に出せるインフラはクラウドで保有し、機密性の高い研究データなどのサーバはオンプレミスで運用することができる」と語る。
また、国立情報学研究所(NII)はSaaS型の共用リポジトリサービス「JAIRO Cloud」をオンプレミスの仮想環境からさくらのクラウドに移行し、運用するなど同社のサービスと連携させていくことに取り組んでいる。NIIは学術系機関に向けたクラウドの促進活動に取り組んでいるため、同社も学術系機関にシームレスにクラウドを提供できるような連携を行っているという。
同氏は「JAIRO Cloud自体のクラウド化の場合、認証のフロントエンドはわれわれのクラウドに移行しており、そこで実績を作り、将来的には認証の本体についてもクラウドサービスで提供していきたいと考えている」と、述べた。また、同氏は課題についても語っている。「文教系は、複数年の調達が基本のため見積りが難しいオンデマンドサービスは導入にハードルを感じる」という。
そこで、同社はNIIの「学認クラウド 導入支援サービス」の利用者に対し、金額変動があってもクラウドを定額で利用可能な「さくらのクラウドの学術機関向け定額プログラム」を提供している。この定額プログラムを利用すると、指定した金額の12%の超過までは無料となるため、クラウドのオンデマンド性やエラスティックな特徴を生かしながら、定額予算での調達が可能となる。
各クラウドベンダーも文教系にアプローチをしているが、研究データを海外事業者や、国外のデータセンターに保有することに抵抗があり、国内クラウドが選ばれやすい傾向となっているほか、専門部署も立ち上げているため、文教系に太いパイプがあることは強みだという。
クラウドとハードウェアの考え方の違いに注意
寺尾氏はクラウドのみにするメリットもある一方で、クラウドのみの弊害もあるという。同氏は「クラウドに依存すると障害ポイントが分かりづらくなり、解決策が分かりにくい状態になるほか、パフォーマンスが悪くなった際に、改善すべきポイントが判断できないといったことがある。それを分かりやすくするために、専用サーバが使われ、結果としてハイブリッドクラウドが使われているのではないだろうか」と、指摘する。
そして「クラウド自体はオンデマンド性や可用性の向上という観点では優れているものの、性能の保証といった面でのデメリットはある。それを解消するために専用サーバを利用する場合にも注意は必要だ。最近では従来のように専用サーバやハードウェアに対して知見のある人材が少なくなっており、サーバはインフラでHAが当たり前、ハードウェアの故障などを気にしたことがないといった世代も存在する。専用サーバについてはハードウェアに関する一定の知見がないと、期待した可用性が得られない面があり、考え方の違いに注意しなければならない。そこを理解して貰うためには、われわれは適切な情報提供や提案を行っている。そうすることで、優れたコストパフォーマンスかつ、トラブルの少ないインフラを構築することができるだろう」と、同氏は続けた。