【レポート】

京都の課題から見る“危機感”- いま求められる、地方の情報発信力(前編)

「京都のモノづくり」と聞いて、何を想起するだろうか。西陣織や漆器、焼物などの伝統的なモノづくりや、八つ橋、あぶらとり紙、京漬物といった代表的なお土産などは想起できたとしても、具体的な企業や店舗、ブランドの名前は、意外にも出てこないものである。

それはなぜか。私たちが、京都という街に対して様々なイメージを持っていても、その京都の街で行われている具体的な企業や店舗、ブランドの取り組みを日常的に情報として受け取っていないからである。特に、私たちが普段から触れているデジタルメディアで京都の企業、店舗、ブランドのニュースやトピックスを知る機会は、非常に少ないといえる。

これは京都に限らず、地方都市に共通の課題だといえるのかもしれない。つまり、地域活性化を目指している地方都市には、デジタルメディアに対する情報発信やマーケティングが十分ではないといえるのではないかということだ。京都銀行とPR TIMESが6月に開催した、地元中小企業を対象とした広報・PRセミナーでは、こうした危機感を垣間見ることができた。

「老舗だから大丈夫」という認識が招く、将来への危機感

セミナーでは、PR TIMESが広報・PRの基本的なノウハウについて講演を行ったほか、情報発信が成功した事例として、宝暦元年(1751年)から続く老舗画材メーカーである上羽絵惣 取締役の石田結実氏が講演した。京都銀行とPR TIMESは今年5月に京都所在の企業を中心として地域企業・伝統産業の情報発信を支援する業務提携を発表しており、それを受けて開催された。全国的な認知を獲得するに至っていない京都の伝統産業や地元企業の商品・サービスの情報発信力を高め、地域新興に貢献するのが両社の狙いだ。

もちろん、この背景には地方企業の情報発信力がまだ十分ではないという大きな課題がある。主催したPR TIMESの代表取締役社長である山口拓己氏は、「広報やPRについて、“私たちには関係ない”と思ってしまっている企業は少なくない。今回のイベントは、企業経営にとって世の中に情報発信するということの重要性を少しでも啓発したいという思いで開催した。インターネットが普及する以前は、地方というのは(都市の情報流通網から)分断されていたともいえる。しかし、インターネットの登場によって地域の垣根がなくなり、商圏もボーダーレスになる中で、発信者である地方企業が地域の垣根にとらわれているのではないか。これは非常に残念なことだ」とコメント。

また、共催した京都銀行 公務地域連携部 地域活性化室長の山元新司氏は、地方企業が抱える課題について「京都で伝統的なビジネスを展開している企業の中には、広報・PRといった情報発信に積極的な企業は実は少ない。インバウンドが拡大しているなかで伝統的な企業が積極的に情報発信していけば、京都の新たな一面に触れるきっかけが生まれ、観光振興がより一層進むのではないか」と語っている。

京都銀行 公務地域連携部 地域活性化室長の山元新司氏

老舗企業に情報発信に積極的な企業が少ない背景には、“伝統があるから大丈夫”“老舗だから大丈夫”という認識が見え隠れする。この認識こそが、老舗企業が陥ってしまう“慢心”であり、伝統的な企業が多い京都の地域経済が抱いている危機感だということができる。インターネットの普及は、企業の情報発信、生活者の情報収集の在り方を大きく変貌させ、その情報流通量は膨大なものとなった。生活者はテレビや雑誌などのメディアから受動的に情報を受け取るだけでなく、興味関心に応えるコンテンツを能動的に探すようになった。こうした中で、老舗という看板に慢心して情報発信を怠ってしまっては、ボーダーレス化した情報流通の中で、取り残されてしまうのではないだろうか。加えて、山口氏が語るように、ボーダーレス化によって商圏が地域を超え、国を超えてグローバルに広がっているという現状に、気が付いていない経営者、理解していてもマーケティングの手立てが生み出せない経営者も、地方には少なくないのではないだろうか。

伝統に“慢心”しては、創業260年の老舗であっても破綻する可能性がある

こうした中で、上羽絵惣は伝統的なビジネスの中から新しい事業を生み出し、情報発信を積極的に行うことで全国的な知名度を獲得するに至った企業のひとつだ。

講演した同社取締役の石田結実氏は、ホタテの貝殻を原料とし、主に雛人形の顔のおしろいなどに使用されている胡粉を応用して生まれた「胡粉ネイル」の誕生秘話と、全国的な人気を獲得するまでの経緯を紹介した。上羽絵惣は、“日本最古の絵具商”と言われており、日本画や浮世絵などに使われる絵具だけでなく、工芸品や神社仏閣の顔料(塗料)などを製造。京都で260年間ビジネスを続けてきた老舗企業だ。生み出した塗料の色のバリエーションは、1200色にも及ぶという。

京都銀行で講演する上羽絵惣 取締役の石田結実氏

胡粉ネイルが誕生したきっかけは、石田氏が2005年に家業を継いだことだったという。

「当時はバブル崩壊後の不景気が続き、多くの負債を抱えてビジネスは厳しい状況にあった。周囲の老舗企業が次々に店を閉めていくなか、私たちが京都の街を彩ってきた生業をやめるということは日本の色を閉ざしてしまうのではないか。260年続いてきた家業を守るのは、私の任務だと考えた」と石田氏は当時を振り返る。

しかし、ただ家業を継いだだけではビジネスは好転しない。そこで石田氏は「自分たちは何をしている会社なのかという原点を考えた」という。つまり、絵具商である上羽絵惣は、“アートをつかさどる会社”であるということ。そして、メイクやファッションで自分を演出する一般生活者もまた“アーティスト”であり、すべての人が顧客になり得るのではないかという発想を生み出したのだ。それにより事業の視野は大きく広がり、2008年にネイルアートの領域に新事業を立ち上げたのだという。「一人ひとりにネイルをキャンバスにした芸術家になって欲しいという思いで開発した」と石田氏は語る。自然由来の原料のため無臭で身体に優しく除光液が要らない「胡粉ネイル」は、若い女性だけでなく高齢者や病院の患者などにも使用することができるため、老人ホームや病院などでも使用されているのだそうだ。

上羽絵惣が展開している胡粉ネイル

とはいえ、魅力的な商品を作り出しても、それが知られなければ意味はない。石田氏によると、製品が完成した当初は情報発信のノウハウも乏しく、最初は身近な人の縁がきっかけで商品が知られるようになったり、メディアの取材を受けるようになったのだという。そして、京都商工会議所の「第1回知恵ビジネスプランコンテスト」に入賞したことをきっかけに、様々なメディアに取り上げられるようになったのだそうだ。「やる気と根性だけはあったので、とにかく最初は身近な人に伝え、意見を聞いていった。そうした人の縁の中で新聞や雑誌の取材を受ける機会を受けたり、京都商工会議所からコンテスト応募を勧められたりといった出来事に繋がった。熱意をもって伝えることで、たくさんの縁が繋がっていくことを実感できた」(石田氏)

ただ、こうした口コミによる認知の獲得には、限界があるのも事実だ。大きな人気を獲得したとしても、それが一時的なものであるにも関わらず慢心してしまい、その後人気の終息と共に経営難に陥ってしまうケースも少なくない。より認知を拡げるためには、デジタルメディアへの情報発信などを含めて、より広範囲なマーケティングを継続的に展開しなければならない。この点について石田氏は、「継続的な話題作りをすることで、“次は何をしてくるのか?”という期待感を持たせていきたい。大事なのは、眼前の動向に一喜一憂するのではなく、私たちが何を目指しているのかという“軸”を忘れることなく、それに向かってブレないチャレンジを続けることだ」と語り、インターネットを活用して今後も積極的に情報発信していく姿勢を示した。

また石田氏は、こうした製品の情報発信において重要な点として、「わかりやすいストーリーを作ることが重要だ。顧客は、商品が持つストーリーに共感を持ってくれれば、商品そのものに関心を持ってくれる」と語る。上羽絵惣の事業の本質にあるものは、同社が260年の歴史の中で生み出してきた様々な“色”であり、その色には生まれた当時の歴史や文化を伝えるストーリーが存在する。こうした自分たちが培ってきた本質と向き合い、そこから様々なストーリーを紐解いていくことで、生まれる情報に大きな価値が生まれるのではないだろうか。「色が持つさまざまなストーリーを未来に継承することが、私たちの役割だ」(石田氏)

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