次々と明らかになった余罪

ロシアの政治・経済記事を中心とする日刊全国紙「コメルサント」は2017年1月25日、プロトンMの第2段エンジンのRD-0210と、第3段エンジンのRD-0212のすべてに、欠陥が見つかったと報じた。ちなみに型番は違うものの、この2つは基本的には同型のエンジンである。

同紙によると、この2種類のエンジンの燃焼試験を行なったところ、問題が発生。分析したところ、エンジンの部品に本来使われるべき耐熱金属の代わりに、安価で耐熱性の低い金属が用いられていたという。これを受け、すでに生産済みのエンジンすべてにリコールがかけられた。

また、RD-0210とRD-0212を製造している企業「VMZ」へは、ロスコスモスから品質管理の改善が指示され、プロトンMの第1段エンジンを製造する別のエンジン会社エネルゴマシュ(ENERGOMASH)の技術者も交えてのエンジンの点検が行われたという。またVMZの品質管理の責任者は、この問題の責任を取って辞任している。

さらにVMZは、2016年12月に打ち上げに失敗した「ソユーズU」ロケットの第3段エンジンも製造しており、その関連も指摘された。ソユーズUはその後、2017年2月に打ち上げを再開しているが、当初装備していた2014年製の第3段エンジンから、2016年製のものへと交換されたことがわかっている。ただ、2014年製エンジンに何らかの欠陥があったのか、あるいはプロトンMの件と何らかの関連があったのかはわかっていない。

その後、ロシアの新聞やZak氏などの報道によると、2015年から2016年にかけて製造されたRD-0210とRD-0212、合わせて71基のエンジンから問題が見つかったという。また、1月に報じられた合金の品質の問題が改めて確認され、VMZがエンジンのガス・ジェネレーターの製造時、インジェクター部分に仕様書とは異なる、耐熱性の低い合金を使っていたことがわかったという。これにより、ガス・ジェネレーターの燃焼時に、その熱によってインジェクター部分が破壊されうるという。

この71基のエンジンはすべて分解、修理され、さらに試験も改めてやり直す必要があることから、すべての修理には2017年いっぱい、あるいは2018年までかかるとみられている。

また直接的な関係があるかは不明なものの、2016年11月にはフルニチェフで横領事件が起きたことも明るみになるなど、プロトンMと、それを取り巻く何もかもが、さんざんな有様だった。

プロトンMの第3段に装備されるRD-0212エンジン。細かい違いはあるものの、基本的にはRD-0210と同型のエンジンである (C) VMZ

プロトンMの復活と改良案

さまざまな問題と改修を経て、プロトンMは約1年ぶりに打ち上げを再開した。今回は第2段も正常に動き、ほぼ予定どおりの軌道に衛星を投入している。

言うまでもなくこれが始まりであり、今年だけでもあと4回の打ち上げが予定されているが、これらを含め、今後10機、20機と連続して成功し続けなければ信頼回復とはならない。さもなくば、商業打ち上げでのシェアをさらに失うばかりか、ロシアの国営企業や政府系の静止衛星、宇宙ステーションのモジュールなども打ち上げられなくなる。

プロトンMはこれまでも失敗のたび、対策を施したといっては打ち上げを再開するも、"毎年1回墜ちる"羽目になっている。ここ数年、ロシアの宇宙産業は組織体制の改革などが行われているものの、それらが功を奏し、今回を最後に失敗の連鎖を断ち切れるかどうかはわからない。

もっともロシアは、プロトンMの復活にまだ希望をもっており、今後もしばらく運用を続ける上に、さらなる改良案もある。

そのひとつが「プロトン・ミディアム」である。前述のように、プロトンMは静止トランスファー軌道に最大7トンという大きな打ち上げ能力をもつものの、逆にいえば2~5トンあたりの小型・中型の静止衛星の打ち上げには不向きである。そこでプロトンMを改造し、やや打ち上げ能力を落としたロケットが開発されることになった。

改造といっても大がかりなものではなく、基本的にはプロトンMから第3段を取り外し、第1段と第2段の上にブリーズMを載せただけである。これにより機体や発射台などにそれほど大きな変更を加えることなく、必要最小限の改造で開発、運用ができるとしている。打ち上げ能力は静止トランスファー軌道に約5トン、静止軌道への直接投入なら2.4トンになるという。現在のところ初打ち上げは2018年中を予定しているという。

また、プロトンMは打ち上げ能力は大きいものの、フェアリングの内部が狭く、あまり大きな衛星が積めないという問題を抱えている。とくに近年は燃費のよい電気推進エンジンが普及するなどしたため、衛星の質量は据え置きながら、サイズは大きくなるという傾向がある。そこで新たに直径5mのフェアリングが開発されることになり、2020年ごろに実用化するという。

プロトンM(左)とプロトン・ミディアム(左)。第3段を外し、第2段を延長するなどの、最小限の改造で中型ロケットになる (C) ILS

プロトンMの新しいフェアリング(右)。従来型(左)と比べ、直径も全長も伸び、容積が増えている (C) ILS

そして希望をもっているのはロシアだけでなく、市場もまた、プロトンMの復活に期待をかけている。打ち上げ停止中の2016年10月には、ILSはフランスに本拠地を置く衛星通信会社のユーテルサットから、2機の新しい衛星の打ち上げ契約を取っている。そのうち1機はプロトンMで、もう1機はまだ影も形もないプロトン・ミディアムであり、その期待の度合いが伺える。

もちろん市場もプロトンMを全面的に信頼したわけではないだろうが、欧州などのロケットと比べた際の価格の安さは依然として魅力なのだろう。またファルコン9も安価ではあるものの、2015年と2016年に事故を起こしたためにまだプロトンMと同じくらいの信頼性であり、すでにいくつもの受注を抱えているため今から契約しても打ち上げが相当先になるという問題もあろう。

さらに大前提として、市場が1つのロケットに依存することはそれ自体がリスクになるため、同じ性能、価格のロケットを複数育て、維持したいという意向も働いたのだろう。

アンガラーへのバトンはつながるか

ロシアは現在、プロトンMの後継機となる「アンガラー(Angara)」の開発を進めている。アンガラーはまた、単にプロトンMの後継機となるばかりか、プロトンMのようにウクライナ製の部品を使わない、純粋なロシアのロケットであり、さらに有毒な推進剤も使わないので環境にも優しい。

さらにアンガラーは機体の組み合わせ方次第で、小型ロケットから中型ロケット、そして大型ロケットにもできるため、設計の古い中型のソユーズ・ロケットや、ウクライナ製であることから運用を終えることになった大型ロケット「ゼニート」の後継機にもなりうる。そのためまさにロシアにとってアンガラーの完成は悲願であり、なんとしても運用を軌道に乗せなければならない。

アンガラー1.2PPの打ち上げ。これが基本形態の小型ロケット (C) Roskosmos

アンガラーA5の打ち上げ。アンガラー1.2の周囲に、同じ第1段機体を4基装着し、プロトンMとほぼ同じ打ち上げ能力をもつ大型ロケットにしている (C) Roskosmos

2014年には2回の試験打ち上げに成功しているが、現在、ロケット機体の生産拠点をモスクワからシベリアのオムスクに移していることから、しばらく打ち上げができない足踏みの状態にある。新工場が稼働し、次の打ち上げが可能になるのは早くても2018年になると伝えられており、商業打ち上げの開始はさらにそのあとになろう(なお、アンガラーによる商業打ち上げ契約自体はすでに1件成立している)。

しかし2020年ごろとなると、欧州や日本などが次世代ロケットを投入する時期であり、米国でもジェフ・ベゾス率いるブルー・オリジンの「ニュー・グレン」ロケットが登場する。そしておそらくスペースXのファルコン9も、依然として存在感を示しているだろう。その中で、基本的には1990年代の設計で開発されたアンガラーが、ほぼ同じ2020年前後の時期に市場投入されたところで、価格はともかく信頼性や使いやすさでどこまで戦えるかはわからない。

また、アンガラーの素性がいくらよいものであっても、プロトンMで起きている品質管理の問題が足を引っ張り、同じように失敗を繰り返すようなら、商業打ち上げどころか、ロシアの宇宙輸送の自立性を保つことすら危うくなる。

プロトンMに限らず、近年のロシアの宇宙開発は低迷の原因は、結局のところはソ連解体後の資金難で、若い世代の人材を育成したり、新たなロケットや衛星の開発をしたりといった、技術を維持、発展させるための機会が創出できなかったところにある。その問題が解決されない限り、失敗を繰り返すことになるのは避けられない。新しいロケットの開発や運用は、そうした問題を解決するきっかけにはなるかもしれないが、解決そのものをもたらしてくれる特効薬ではない。

今後、プロトンMがかつてのような安定した打ち上げを行えるようになり、そしてアンガラーへ希望のバトンをつなぐことができるかに、ロシアの宇宙開発の未来がかかっている。

参考

https://www.roscosmos.ru/23633/
Proton returns to flight successfully with EchoStar-21
Proton grounded by failing quality control
http://www.kommersant.ru/doc/3200920
Medium variant to expand Proton family