「ふたりきり育児」でストレスや悩みを抱え込んでしまいがちな親に、もっと社会と関わり、自分の時間も持ちながら笑顔で育児に取り組んでほしい。原宿にある一時託児施設「tsubura(つぶら)」はそんな思いから、現代の育児環境に新しいサービスを取り入れようと様々な取り組みを行っている。
そのひとつとしてこのほど、施設の業務全般と子どもを預ける利用者をサポートするシステム「tsubura.net」を導入した。tsuburaの運営会社Vaniraの山内直子さん・木村絵里子さん、システムを開発したドロップシステムの大井航平さん・山内渉さんにお話を聞いた。
お預かり中の様子を随時記録・確認できる「tsubura.net」
まずは、tsuburaのサービスとtsubura.netの仕組みを説明しよう。
tsubura.netは、予約対応や受付け時の書類作成の簡略化、保護者に提出する「保育レポート」作成など、保育士の業務負担を軽減し、保護者が利用しやすく安心して預けられる環境を提供することを目的に設計された。
どんな業界でもサービス提供や業務サポートのためにシステムを導入するのはごく一般的なことだが、保育関連ではそれがあまり進んでこなかったという。そこをテクノロジーでサポートしていきたい、という考えがこの取り組みのきっかけとなっている。
保育とシステム開発の交差点から
山内(直)さんは「ふたりきり育児」に悩む親のために託児施設を作りたいと考えはじめた当初から、利用者や保育士をサポートするシステムを念頭に置いていた。それを形にするために共同で取り組んできたのが、山内(渉)さんの勤めるシステム開発会社・ドロップシステムだ。
「弊社ではいろいろなアプリやシステムを作っていますが、こうした業務に関わるシステムの場合はリアルに使いながら改善していける場がないときちんと役に立つものを作ることが難しいんです」(山内(渉)さん)
「作って売り込んで導入まではしてもらえても、現場でのオペレーションや改善のためのフィードバックを求めるとなると、施設内にITリテラシーの高い人がいないと厳しいですね」(大井さん)
そこをつなぐ役割を担ったのが、業務システム開発会社で設計にも携わった経験を持つ山内(直)さんだ。
「言葉でいろいろ言うより、テーブル定義(システムの土台になるデータの枠組みを決めること)を作ってくれと。そこがお互いの共通言語で一番分かりやすいんです(笑)。それをたたき台に機能とUIを組み立てていきました。その後も、直子さんがいたから意思疎通がしやすかったですね」(山内(渉)さん)
「現場の人が使いやすいシステムを作るには、業務フローと現場の状況をよく理解している必要があるので、テーブルだけは提案しました。ドロップシステムさんはスマートデバイス向けの開発が得意で、こういう機能が欲しいと伝えるとスマートフォンらしい見た目や操作性で形にしてくれるので、そこはお任せしていました」(山内(直)さん)
保育士側はiPhoneアプリでシステムに記録を入力していく形になるが、パソコンが使えない人でも簡単に覚え、初日から使い始めることができたという。それができるとApple Watch側のアプリ操作もすぐに理解でき、初めて使う人でも抵抗感はなかったそうだ。
「iPhoneは子どもが触りたがったりすることもありますが、Apple Watchならタップだけで記録できるし、子どもを抱えていても操作できるので、写真を撮らなくていい場合はほとんどApple Watchで済ませています」(木村さん)
保護者からも、SNSを見るような手軽さで外出先から様子が分かるので「安心して預けられた」と好評だ。プライベートな情報を含むため、データの暗号化や保存先などセキュリティにも配慮を怠っていない。ここもドロップシステムの得意分野のひとつだ。
日常業務の中でこれだけ自然に使える形になったのは、両社の協力体制があったからに他ならない。スティーブ・ジョブズが「文系と理系の交差点に立てる人こそ大きな価値がある」と語ったように、tsuburaは保育施設とシステム開発の交差点に立っているのだ。
取り組みを広めることでより多くの人の支えに
今後はさらに機能の追加・改善を重ね、他の施設でも活用してもらえるものにしたいと山内さんたちは考えている。例えば、乳幼児突然死症候群を防ぐため乳幼児が寝ている間は5分ごとに呼吸確認を行い記録するよう、全国の保育施設に対して国から指導が出されている。しかし、食事も寝る時間もバラバラな子どもを複数受け持つ保育士にとっては非常に大きな負担だ。次のアップデートではこれをサポートする機能の追加を予定しているという。
「お昼寝のスタンプをスタート時間にして、5分ごとにApple Watchの振動で通知する機能を付けるのは難しいことではありません。責任が重い上に複雑化する保育士さんの仕事を、仕組みで支える必要があると思っています」(山内(渉)さん)
また、システムを使うことで蓄積される情報(食事の量、おむつ替えの間隔、睡眠時間など)は非常に貴重だが、従来は親や保育士の個人的な経験にしかならず、共有できる仕組みがなかった。個人情報を除くこれらのデータを分析し、個人向けの子育てサポートアプリ/サービスへ応用することも、将来的な希望のひとつだと山内さんは語る。
「ネットで調べても出てくるのは不安材料ばかり。自分の子のミルクの量やおむつの回数がこれで大丈夫なのか、信頼できる情報がアプリなどで簡単に分かるような提案をしていきたいですね。最終的には、そろそろお腹が空いたかもとか、おむつを替えた方がいいかもと通知してくれるなど、育児支援のような役割を担えたらいいと考えています」(山内(直)さん)
開発するドロップシステムも、「業務負担が大きく経営も厳しい介護施設などでも役に立てる部分があるのではないか」(山内(渉)さん)、「ユーザーの経験から他の施設にも広まって、より多くの人がハッピーになれるものに仕上げていきたい」(大井さん)と、理想をもって取り組みを続けている。
「お子さんを預けることが不安な方は多いと思います。まず一人ひとり大切に、きちんと対応していくことで、広まってくれればいいと思っています」(木村さん) 「『ふたりきり育児』を支えたいというコンセプトを一番に考えているので、孤独な思いで悩んでいる方にこういう取り組みがあることを知ってほしいと思います。また、同業の方にはIT化を特別なことと思わず、ぜひハードルを越えてきてほしいですね」(山内(直)さん)
国や自治体の取り組みを待てない親にとっても、施設の運営者にとっても、tsubura.netは心強いものになるはずだ。現在はまだベータ版としてtsuburaでのみ利用できる形になっているが、今後開発が進み多くの保育所・託児施設で使われるようになることを期待したい。